アメリカ合衆国最高裁判所の判事ルース・ベイダー・ギンズバーグ(R.B.G.)が今ファッション・アイコンとして脚光を浴びている。裁判判事がここまで話題を浴びたのには、超エリートな経歴とアメリカ最高裁判所が政治に深く関わりがあるからだ。アメリカの場合、最高裁判所には9名の判事がおり、R.B.G.(ルース)はリベラル派の代表的な女性判事といえる。

1993年民主党のビル・クリントン大統領の指名を受けて、最高裁判事に就いた現職最高齢85歳と言うから驚きだ。最高裁判事に就いた後、自主退社以外は、亡くなるまでポジションを失う事はない。

彼女は引退を考えていたというが、現在トランプ政権で彼女が退けば、トランプが自分の都合の良い人を判事に任命する事になるため、彼女は「毎日ビタミンを取って、筋トレに励む」と発言し、大ブレークとなった。2018年に彼女の映画『RBG』も公開され、メディアでは、彼女のパロディーがコメディーとして取り上げられたり、ネットでは彼女を神の様に称え、彼女のグッツやTシャツなどがバカ売れ。

https://www.usatoday.com/story/news/nation-now/2017/01/11/girl-dresses-up-like-ruth-bader-ginsburg-superhero-day-rbg-sends-letter/96453258/

アメリカ『男女平等』の歴史を築いてきた、エリートすぎるR.B.G.の経歴

ルース・ベイダー・ギンズバーグは、1933年にニューヨーク市ブルックリンでユダヤ系の家庭に生まれ育つ。1950年代コーネル大学で、最愛の旦那マーティンに出会う。1956年ハーバード大学のクラスには、500人の中で女性はたった9人だったという。当時のアメリカでは、女性の賢さを認められる風潮ではなかった。

“Marty was an extraordinary person. Of all the boys I had dated, he was the only one who really cared that I had a brain.”

「マーティンは、本当に素晴らしい人だった。私がデートした男性の中で、唯一私の賢さを気に入ってくれた人。

マーティンと結婚後、子育てをしながらハーバード・ロー・スクールに通い、その中でもトップクラスの成績だったというから最強だ。

しかし当時は、こんなに見事な学歴でも、女性である事から仕事を見つけられなかったという。普段はすごくシャイで物静かな彼女は、その後旦那マーティンの癌治療のため、ニューヨークへ戻り、コロンビア大で勉強を続けた。

その後教授から弁護士となり、特に男女差別の案件を担当。男女平等の社会保険や女性の軍隊参加など、アメリカの女性史に大きく貢献した人物の一人なのだ。

その上、彼女は1999年に大腸ガン、2009年には膵臓ガンの診断を受け、手術や化学療法などの治療し回復。週に2-3回スポーツジムで、鍛えるという彼女は、先日あばら骨を折りメディアの報道で、「もうダメか」と心配されていたが、驚くほど速く回復し、今もビタミン・サプリメントと筋トレは、欠かせないと、真の強さで、「鉄の女」と報じたメディアもあった。

彼女を知れば知るほど、私たちはまだ何を諦めるにも早すぎると感じさせてくれる。

ラッパーから名づけたニックネーム『Notorious R.B.G』で彼女はファッション・アイコンに

元々は、『ノトーリアス・B.I.G.』というラッパーから名付けた、『ノトーリアス R.B.G.』略してRBGと呼ばれる様になったルース。notorious(ノトーリアス)とは”悪で有名な”という意味で、このラッパーは190cm 、136kgと言う巨大でJay Zの友達でもあった有名なラッパーだった。

RBGはこのニックネームで呼ばれることに関して、「私たちは、同じニューヨーク生まれだし、共通点が沢山あるわ」と笑いでインタビュー会場を沸かせた。最近では子供から大人まで、ハローウィンのコスプレとしても大人気に。

今アメリカでファッション・アイコンになるには

判事のRBGは、制服が真っ黒。そこで、彼女は”自分の色”を様々なデザインの襟で、その日の気分、勝った時、負けた時に着けるCollar (襟・首飾り)があるという、なかなかオシャレなおばあちゃん。

彼女の特別なスタイルは、大きなメガネと大きな襟(首飾り)。この襟が意外とカワイイと話題になり、次々商品化されている。彼女はモデルでも女優でもなく、物静かで小言で賢く深いジョークをポロっと言うシャイなおばあちゃん。

ただ、彼女の強さ、賢さ、女性の自立、自由を、並外れた努力で手に入れた人生が、多大なる人の心に染み、そういうスーパー・ウーマンが今のファッション・アイコンになるのだ。