今この記事を読み始めるあなたは、もしかしたらGUCCI GHOSTを身にまとって街に出かけることのある人かもしれない。

世界を席巻したGucci(グッチ)とTrouble Andrew(トラブル・アンドリュー)のこのコラボは、ブートレグ的嗜好の火付け役と言っても過言ではないはずだ。

これに限らず毎シーズン話題を生むデザイナーAlessandro Michele(アレッサンドロ・ミケーレ)はブートレグのクリエイションと、そしてコピー商品に何を思うのか。HYPEBEAT USAに語った。

模写とただのコピーの違いは何か

1つのリプロダクション商品と、見た目の同じコピーを例にとってその違いを挙げることはできる。値段、生地、プリントの濃淡、デザインのバランス、シルエット、タグ、…

Saint Laurent Paris(サン・ローラン・パリ)に、今ならOFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH(オフ・ホワイト)とコピーの多いブランドを好きになる筆者もだいたい真贋を見分ける時に見るべき場所は知っている。

けれどそれはあくまで視覚と触覚を用いた判断材料。美学的に一番「見る」場所がそこではないことは心のどこかでわかっている。

ミケーレはその見えない違いを話した。

“One (an inventive reproduction) creates a conversation and isn’t really copying. It would be like saying Mozart copied his compositions because he used musical notes. (…) I don’t replicate something in my work because I need the replica. I do it because I need the note. Micky Mouse is a note. Dapper Dan is another note.”

「リプロダクションはコピーじゃなくて会話を生み出してるんだ。それってモーツァルトの作曲に対して、何々の調を使ったからコピーだって言ってるようなものだよ。僕が何かを模写するのはレプリカが欲しいからじゃない、モーツァルトで言えば「調」が欲しいからなんだ。ミッキーマウスだってダッパー・ダンだって「調」さ。」(HYPEBEASTより)

ついでに、ここでの調というのはハ長調やト短調といった作曲上最も欠かすことのできない音楽要素だ。クラシックだろうがヒップホップだろうが要される。彼は続けて、コピー商品に携わる人々が人間としてのチャンスを捨ててただただモノを作っているだけだといった。

コピーされることに対して思うこと

ミケーレに限らず、グッチはこれまで何十年とコピーされてきたメゾンだ。それでもの彼の就任後メゾンの人気が爆発的に伸びたことは売り上げを見ずとも明らかだろう。それは自身のコピー商品が増えることに自然つながる。

しかし、それは気にならないと彼は言った。

“On the other hand, when I look at the people who try to copy me just to create confusion about what’s real and what’s fake, I think it’s a shame (…) it’ like they’re destroying my work. If you try to make the same thing without a soul, it will be trashy and ugly.”

「ただコピーされることは気にならないけど、どれが本物でどれがフェイクかわからなくするのは恥じる事だと思う。それは僕がしてきた事を無茶苦茶にするって事だ。ソウルもないくせに同じものを作ろうとすると、醜いゴミになる。」(HYPEBEASTより)

古典美術やルネサンスといった遠い歴史から近現代のユースカルチャーまで、ミケーレのインスピレーションの引き出しは人知を超えて多い。それらのコンテクストを正しく把握した上で一枚のTシャツを創造する事は容易くない。

そして何よりファッションへの愛がある。

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彼の言う「ソウル」はこの事だと思う。インタビュー内でミケーレが語るが、ファッションはアートと同じ性質を持つ。歴史の参照、クリエイトの技術、それに対象への愛なくしてそれは成り立たない。そこにただモノがあるだけでは価値はほぼないに等しいだろう。

「”ファッション”と呼ばれた老婆は死にかけていた」

現代ファッションの流れの中で、シックな服を作ってブティックに陳列させることは不必要になってしまったとミケーレは語る。そしてそれを”ファッション”と呼ばれた老婆だと言った。

“This old lady called “fashion” was dying, so designers decided they needed to make the bag of the day. They’d take a piece of art and put it on a bag for no reason. It was just a trick to get people buying.”

「”ファッション”と呼ばれたこの老婆は死にかけていたんだ。それでデザイナーとしては、人々の脳裏にインパクトを残すような容れ物を作らなきゃって決めて、芸術作品をその容器に無理やりくっつけた。ただ人の購買意欲をそそるためだけにね。」(HYPEBEASTより)

ブティックに商品を陳列させて人気を集めて売れるようになる時代が終わってしまった、それでデザイナーが他の方法を探した。コラボ、インスタ、方法はブランドの数だけあるだろう(それより少ないかもしれない)。

言葉通り人々の視線を捕らえるアイキャッチーな商品を作り、それをその方法に則って売る。

このミケーレの言葉には、自らが買い物に興じた時代を懐かしむ、懐古的な感情がこもっているように感じる。

ミケーレにとって「模写」、リプロダクションには特別な何かがある。これは模写の段階で他の流儀との違いを生んだ桃山時代の日本美術流派である琳派に通ずるところがあるかもしれない。

彼は最後に、自分のクリエイションのタネを探そうとする人を見つけると嬉しくなると言った。たとえそれが間違っていてもだ。それは彼の言う「ソウル」に対する知識欲を感じるからだろう。