若者が今ヒップホップに没頭しているのはアメリカや日本だけではない。フランスにおける音楽シーンのニューウェーブは、アメリカントラップに影響されたヒップホップだ。

この最先端のシーンを見逃すまいと動いたのが2020年に創業100年を迎えるNEW ERAだ。ヒップホップをこよなく愛するフランス人Nadim Makhlouf(ナディム・マクルフ)を迎え、3人の新世代アーティスト、Youv Dee(ユヴ・ディー)、Lean Chihiro(リーン・チヒロ)、Bamao Yendé(バマオ・ヤンデ)を紹介する短編クリップを制作した。

フランスが有する多文化社会の性格をピックアップし、パリのストリートカルチャーの「今」を取り上げたこのクリエイションはチェックすべきだろう。

アメリカにフォーカスして

アメリカントラップに影響されて、と言う以前にヒップホップ自体がアメリカに生を授かったわけなので、アメリカのヒップホップに影響されるのは至極当然で必要なことである。

現在22歳のディーは今ノリに乗っているヒップホップグループL’Ordre Du Périph(ロルドル・ドュ・ペリフュ)のメンバー。Tupac(トゥパック)やSnoop Dogg(スヌープ・ドッグ)、Lil Wayne(リル・ウェイン)にYoung Thug(ヤング・サグ)を兄と聴いて育ったと話す。

反対にアメリカに届かせることを目的にしているのがチヒロだ。彼女の歌詞は自分のファンをフランス語圏内に止めたくないという理由で、すべて英語で書いている。実際に彼女の音楽は今アメリカ人アーティストPrincess Nokia(プリンセス・ノキア)を魅了し、今後二人のコラボが実現するかもしれないと言われているほどだ。

日本のカルチャーを愛して

この3人の中で最も日本のポップカルチャーを好んでいるのがチヒロだ。彼女に関しては別の記事で紹介したので、そちらも読んでほしい。

もちろん彼女の名前に入っているチヒロは『千と千尋の神隠し』のチヒロだ。彼女は15個のタトゥーが彫られているその身体を「自己表現のキャンバス」と呼ぶ。その中にはジブリ好きを表す蓮の花と短剣が描かれている。

ディーは彼女より日本好きではなく漫画『ONE PIECE』や『ドラゴンボール』を読むような、一般的なフランス人だと言える。彼にとって初のソロアルバム『Gear 2』のアルバム名は、血流の速さを瞬間に上げ、瞬発力を高める主人公ルフィの戦法ギアセカンドに由来している。

“To Dee, his music isn’t all about the message of lyrics, it’s about the atmosphere and how it actually makes you feel. Gear 2 (…) is overwhelmingly party music, but with a savage edge. “I think my music is energetic and real,” he explains.”

「ディーの音楽はリリックがすべてじゃない。彼の音楽の持つ空気感、そしてそれを聴く人がどんな風に感じるかが大切なんだ。Gear 2はクレイジーで鋭いパーティーアルバムに仕上がっている。「俺の音楽はエネルギーに満ちてて、リアルだと思うよ」とディーは語る。」(NEW ERAより)

エネルギーに満ちていてクレイジーという点が、ギアセカンドの特徴の仲間を思う気持ちと常軌を逸した瞬発力にも由来しているのかもしれない。

ヤンデ、アフリカ音楽とフランス

最後になったが、著者がこの3人の中で最も気に入っているヤンデの多文化観について見たい。彼は他の二人と違いMC、ラッパーではなくDJだ。

« Je partage deux cultures. J’ai grandi en France, mais mes parents sont originaires d’Afrique. Mon enfance a été bercée par la musique africaine. Elle fait partie de mon identité. Cela se sent dans ma musique. »

「僕はフランスで育ったけど、両親はアフリカから来たんだ。僕は二つの文化を持ってる。アフリカ音楽を聴くことで幼少期は和みもした。僕のアイデンティティを形成するものの一つだよ。音楽を聴いてくれればわかる。」(HYPEBEASTより)

ビビッドな髪色に鼻ピアスからは想像のできないような、か細く優しげに喋る彼の性格は、幼い彼をなだめたアフリカ音楽によるものなのかもしれない。

実際に音楽を聴いてみればリズミカルでいて流れるようなエレクトロにアフリカ要素が上手く混じった綺麗なDJだ。

彼の所属するBoukan Recordsは、アーティストに自分を売るプラットホームだけでなく家族のようなサポートシステムを共有してするという。今年7月に彼らが共同で出したコンピレーションアルバムBoukan, Vol.1はそんなファミリアルな空気に満ちた、どこか哀愁とノスタルジーの漂う聴き心地の良い仕上がりとなっていた。

 

フランスは国の歴史から多文化になるべくしてなった国だ。フランス料理と聞いて思い浮かべるものを普段の生活で見かけることはそれほど多くない。ケバブやクスクス、フムスといったヨーロッパ外で発祥したもの、それに今では上の二人のように日本の文化を輸入し、さらに文化の多様性を深めている。

流行りが単一化したことで海外の音楽といえばアメリカがほとんどになってしまった現代。NEW ERAのクリップはそんな世界の目を少しフランスにも向けさせてくれることだろう。