http://aldianews.com/articles/culture/music/selena-remains-unforgettable/50373

2018年12月、Netflixが「ある故人」の伝記ドラマシリーズの制作を、遺族たちに依頼したことが伝えられた。

「ある故人」とは、テハーノの女王として知られた、セレーナ・キンタニーヤだ。14歳でアルバムデビューした彼女は、23歳という若さでこの世を去ってしまう。一体、彼女の人生に何が起きていたのか。

Netflixが「SELENA: THE SERIES (原題)」の制作を遺族に依頼

https://screenrant.com/netflix-future-blockbuster-indy-disney-streaming/

Netflixとキンタニーヤ家の、ドラマシリーズ制作に関する交渉は順調に進んでいるようだ。「STAR 夢の代償」や「アメリカン・クライム」シリーズで知られるモイゼス・サモラを脚本に向かえ、更に、キンタニーヤ家の遺族たちも制作総指揮に名を連ねるという。

Netflixの公式発表によれば、セレーナ・キンタニーヤの姉スゼット・キンタニーヤは次のように語っている。

“これからもセレナは音楽史に名を刻み続けるでしょう。そして、彼女が残してくれた数々の思い出を正確に伝えていく責任の重さを、私たちは痛感しています。本作をご覧になれば、セレーナの辿った軌跡の全貌、私たち家族の在り方、そして彼女があらゆる人々に及ぼした影響力の大きさを、ようやく理解してもらえるでしょう。”

本作品では、夢を叶えたセレーナが歌手として成功の階段を一歩ずつ登り詰める中、彼女とその家族が名声、家族関係、そして音楽の間で心を痛めながら、重大な決断に迫られていく様子が描かれることになるという。

テノーハの女王として一世を風靡したセレーナ

https://us.hola.com/tags/selena-quintanilla/

セレーナは、1971年4月16日に米テキサス州で生まれた。メキシコ系の家庭に育った彼女は、9歳のころから、ファミリーメンバーで構成したバンドで、主に父の経営するメキシカン料理店で、ボーカルとしてすでに歌い始めていたのだという。

その後、父の料理店の破産が原因となり、貧困を極めたセレーナの家族は、各地を転々としながら、ストリートミュージシャンとして、地元の祭りや、結婚式などで歌を披露。12歳のときにはアルバムを制作し、レコード会社と契約を果たしている。

1987年には、テハーノ・ミュージック・アワードにて、最優秀女性ヴォーカリストを受賞し、その後、9年連続で同賞に輝き続けた。

1992年には、自身のバンドのメンバーと結婚。

1995年には、「禁じられた愛(Amor Prohibido)」と「何もない左の(No Me Queda Mas)」が大ヒットし、同アルバムでグラミー賞を受賞した。

彼女が歌い続けたテハーノ・ミュージックとは

https://therivardreport.com/tag/tejano-music-awards/

「テハーノ」は、スペイン語で「テキサスの」を意味し、テキサスに住むメキシコからのヒスパニック系移民の音楽と、アメリカのカントリーミュージックやポップスが融合し、生まれた音楽が「テハーノ・ミュージック」である。

基本的には、男性のヴォーカルによって歌われることが多く、女性であるセレーナがテノール歌手として、ここまで絶大な支持を得ることは異例のことだった。

ラテン系ミュージックらしい、アップテンポなメロディと、アコーディオンなど独特な楽器が使われることも多いのが特徴だ。

セレーナの死

https://www.imagenesmy.com/imagenes/pictures-selena-dead-body-21.html

そんな彼女は、人気絶頂の真っ只中の1995年3月31日、若干23歳の若さで亡くなってしまうことになる。しかもそれは、彼女がグラミー賞を受賞してから、間もなくのことだった。死因は、射殺されたことによる出血多量だった。

当然のごとく、この事件は当時、アメリカで大きな話題となり、アメリカ全土で人々が、歌姫の死を悼んだ。

しかも、その犯人に世間は衝撃を隠せなかった。なんと彼女を撃ったのは、セレーナのファンクラブの会長兼、彼女の身の回りの世話をしていたヨランダ・サルディバル氏だったのだ。

当時、ヨランダは金銭的な部分もセレーナに任されていたが、彼は、セレーナの目を盗んで金銭を一部着服していた。それがバレたことで、彼自身は、セレーナの父親に会長を解雇されることとなった。

問題は、その後だった。

ヨランダはこの時点で、セレーナを逆恨みしていた。そんな中、セレーナは大切な書類の一部が紛失していることに気づき、ヨランダを再び尋ねることになる。そこで、口論となった二人。ヨランダはついに銃を取り出し、彼女を射殺。悲劇の歌姫はその場で亡くなることとなった。

ヨランダは、その後、第一級殺人に問われ有罪判決をくらい、終身刑を課せられ、現在も服役中である。

当時、大統領になる前のテキサス州知事であった、ジョージ・W・ブッシュ氏はセレーナの誕生日を「セレーナの日」として定めることにした。

 

貧困を抜け出し、一躍アメリカの歌姫にまでのし上がったセレーナは、人々に惜しまれながら、その壮絶な人生を終えた。

Netflixの彼女を生涯を描くドラマシリーズでは、彼女の遺族の協力のもと、よりリアルな彼女の素顔や事件の真相が描かれることであろう。公開が待ち遠しい。