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ジェリーと僕は、暇な時間は、ひたすら街を歩きながらファッションのこと、映画のこと、気になる子のことを話した。ジェリーは隠し事を嫌った。だから、僕は彼には何でも話した。お互いクールでいようとしながら、何もかも開けっぴろげでもあった。僕らはめちゃくちゃな中文と台湾語、日本語、英語、ときに広東語がまぜこぜになった言葉で話していたけれど、そのうち、お互いがよく使う言い回しとか言葉の癖を覚えて、意思疎通で困ることはほとんどなくなっていった。周りからは僕らの会話は判読不可能だっただろう。

↑PLATEAU STUDIOとの初めての仕事

毎日一緒に居たジェリーとも、一度別れの時が来た。僕が東京のリアリティーショーのオーディションに受かって、台北から引っ越すことになったのだ。
引っ越しの日、僕は近所の食堂にジェリーと写真家のジェイを呼んだ。「今夜、飛行機に乗って東京に帰るよ」
ジェリーは蛋餅を箸でつまみながら「そうか、じゃあ俺もすぐに東京に行くよ」と言って、ジェイも笑って頷いた。

↑写真家のジェイ

番組のルールで引っ越しの当日までは誰にもそのことを話していなかったのだけど、僕が色んな人の部屋に置きっ放しにしていた荷物を回収していたり、自分の部屋を入念に片付けていることを僕のフラットメイトから聞いて、薄々感づいていたという。

↑住んでいた部屋

桃園空港。初めて台湾に到着したときと同じような時間と季節の桃園空港。数メートル飛び上がって斜めになった飛行機から、暗闇に揺れる台湾国旗が見えた。雑な内装の薄暗い食堂、アパートの重い鉄のドア、深夜まで空いている流行りの喫茶店、カビ臭いゲームセンター、猥雑な日本人街。スコールのあと、僕達はよく何もかもが濡れて涼しくなった街で自転車を乗り回した。

↑東京で一緒に仕事をした