Kotetsu Nakazatoが試みる、身近なマイノリティーの息吹き「僕のアイデンティティは ジェンダーではないんです」

10月15日、Creative Studio REINGから、ジェンダー観やフェミニズムに焦点をあて、世の中の当たり前に“違和感”を問う雑誌『IWAKAN』が創刊された。今回は、同雑誌を手がける1人でもあり、60MAGAZINEでもお世話になっている フォトグラファー・Kotetsu Nakazatoにマイノリティーカルチャーの相互理解と社会的浸透についてお話を伺った。自身の真意を温もりに満ちたエネルギーで分かつ彼が、今見つめる景色とは。

ーーKotetsuさんは以前にも、ZINEで「ダンセーカイホー(Men’s Liberation)」を制作されていましたが、もともとジェンダーや自身が社会に抱く違和感を発信する雑誌を作りたいと思ったのはいつ頃ですか?

個人的に雑誌を作りたいと思ったのは中学生の頃だったのですが、その時に作りたかったのはジェンダーを扱った雑誌ではなかったんです。ただ、学生の頃も出版社で働いていた時も自分のカテゴリーに当てはまるというか、ハマれるような雑誌がなかった。自分がカテゴライズされるようなクィアの為の紙コンテンツは、アダルト雑誌もしくはNPOが作るパンフレットくらい。だから、もっとクィアのカルチャーやライフスタイルをフューチャーした雑誌が欲しいなと思って、雑誌を作るようになりました。

ーーその上で今回、媒体をZINEから雑誌『IWAKAN』に移された理由を教えてください。

思想の形は変わってないけど、「ダンセーカイホー」をZINEベースで作った時に届く範囲や影響力の大きさに限界を感じていたんです。ZINEは誰でも作れるからこそ、世の中にたくさん存在していて、多くの人に届くような媒体ではない。ZINE主催のブックフェアに出店したりすることはできるけど、圧倒的に一般の方へ届く数が限られてしまう。その時に、雑誌という形で「ダンセーカイホー」のようなフェミニズムやジェンダー、クィアに関する情報を発信できればと思い始めたのがきっかけです。そのタイミングでジェンダーニュートラルな下着を作ったり、イベントや取り組みを行っているCreative Studio REINGが、既存で出しているコンテンツよりももっと気軽に手に取り、手元に残しておける”何か”を作りたいと思っていたことが合致し、雑誌を作ることになりました。

ーーマイナーなカルチャーや思想をマジョリティーに落とし込む上で、意識する点はありますか?

実はブラックカルチャーもそうだけど、クィア(LGBTQを含む性的マイノリティの総称)やマイノリティのカルチャーは身近なもので、歴史的にもかなりマジョリティーのカルチャーに影響を与えているんですよ。例えば、セクシュアリティに関係なく若い子達がいっているクラブハウスだって、シカゴの黒人ゲイコミュニティから来ているカルチャーの1つ(諸説あり)。みんな自分たちが親しんでいる文化がどういった背景から生まれたのかを知らないだけなんです。それが悪いことだとは思わないけど、自分が恩恵を受けているものに対してリスペクトがなかったり、ハウスは好きだけどゲイ差別をするってすごく矛盾していると思う。だからまずは、そこを知って欲しいと思いました。そういったカルチャーや思想を落とし込む上で、クールなビジュアルを提示することが、非当事者だと感じている人たちに僕たちのカルチャーや思想を身近に感じてもらうハードルを下げる方法だと思っています。分かりやすいかつ純粋にかっこいい、というのも大切ですよね。また法律や権力構造の部分もしっかりと解説することも同時に必要です。歴史的、文化的な差別や偏見を置いておき、理想や持論だけを展開することは、僕たちがまるで苦しい思いをしていないかのように受け取られてしまうことがあります。クールなビジュアルとともに、しっかりと差別が起こっている構造についても学べるものにしたいなと思っています。

ーー私たちが思っている以上に、マイノリティと認識するカルチャーが生活に浸透しているということですよね。

そうなんです。だけど気づいていない人がいるから、もう一度雑誌を使ってクィアやマイノリティの文化には価値があるし、すごく大きな影響を社会的な面でも娯楽の面でも与えているんだよってことを伝えたかった。雑誌を作る上でバランスは大切だし、過激すぎると受け止めてもらえないかもしれないけど、まずは雑誌を出すことが必要だと思いました。

ーー現状そういった背景を知らない方が多い中で、理想的な発信方法はありますか?

マイノリティの訴えや現状を伝えるのは大切だけど、その方法は色々あっていいと思っています。マジョリティに合わせず自分の世界観を押し出すアーティストもいれば、商業的にやる人もいる。商業的にやった方がより多くの人に伝わるという面はあるけど、それぞれの役割があると思うんですよね。以前、『IWAKAN』の本誌でトランスジェンダー活動家の杉山文野さんに取材したことがあるんですけど、彼が主催する「東京レインボープライド」が大きな企業と共にイベントを開催するようになってから、昔から活動しているアクティビストが隅に追いやられて企業のブースが活動を乗っ取った、みたいな不満の声が挙がるようになったんですって。でもそれに対して、文野さんは「活動が商業的に見えるかもしれないが、そうすることで、企業がこの動きは必要だということに気づける。企業が動けば政治が動き、ルールが変わる。」って話されていたんですよ。

ーー商業的な活動を行うことで、無意識的に差別や偏見を持っている人にも気づきを与えるきっかけになると。

そうなんですよ。アンダーグラウンドでやり続けても届かない範囲がどうしても出てくる。もちろん企業側もブランドイメージを上げるためにその活動を使っているのかもしれないけど、少なくとも活動に賛同している以上、クィアを嫌悪しているわけではないですよね。やり方が違うだけでマイノリティの現状を知ってほしいという目的は同じなんだから、そこに対して仲間同士で潰しあう必要はないと思う。「Black Lives Matter」にしても歴史から学ぶ人もいれば、まずはブラックカルチャーを知ることから問題を見つめ直す人もいる。カルチャーひとつとっても映画・小説・音楽様々ありますよね。やり方はたくさん必要だし、表現の仕方も自由。非当事者側が自分に合った方法を選んで、理解を深めてくれたらそれでいいんじゃないかな。

Photo by Misii

ーーそもそもKotetsuさんが違和感を発信していく、アウトプットの重要性に気づいたのはいつ頃だったのでしょうか?

高校3年生の時の社会問題をテーマにプロジェクトを作る授業ですね。その時にクィアの問題を取り上げて、同じ学年にクィアに関する意識調査を行ったんです。その声をまとめて動画にして、公開しました。結果すごく大きな反響があったわけじゃないし、再生回数も伸びなかったけど、自分自身何かを形にするということの大切さに気づいたというか。発信することで足りない部分が見えたり、同じマインドを持った人たちが自然と集まってくる。そういう良い流れが生まれてようやく自分の思想や、主張したいことが前に進む気がしたんですよね。

ーーその後、発信していく中で問題点を感じることも?

やっぱりマイノリティが商業的に”消費”されることはものすごく多いんですよ。映画やドラマにしても悲劇的なエピソードに仕上げるというか、最終的にクィアが死んだり、悲惨な終わり方にされることがほとんど。でも正直、もうそのフェーズは終わったでしょって思う。ゲイはいずれHIVになり、苦しい思いをして死ぬみたいなテンプレートができているけど、現実とは違う。そこをみんな描こうとしないんですよね。クィアの中でも多様性があるから、もっとリアルなストーリーを映し出してほしいと思います。

ーーちなみに、そういった発信方法に成功している国や地域はあるのでしょうか?

もちろんヨーロッパではカルチャーを通り越して、活動の影響が社会に反映されている国もあります。そういった国々で作られている作品は、そもそもクィア映画としては括られていないですよね。普通のこととして、映画の中にクィアの当事者が出てくる。アメリカも少しずつ変わってきてはいるけど、まだまだ商業的な面が強い。Netflixも多様性パラダイスみたいな作品が多くて嘘くさく感じることもあるけど、それが今必要なフェーズなのかもしれないですね。今まではクィアの存在が無かったもの、無くなっていくものとして描かれていたので。

ーーアジアではどういった状況ですか?

いろんな国を見た中で、アジアはアメリカナイズされていない国の方が独自のスピードと文化でクィアに対しての価値観が形成されている印象を受けました。例えば、インドなどの南アジアには「ヒジュラー」と呼ばれる第3の性が存在するんです。そういった独自のペースでジェンダー観だったり、セクシュアリティに向き合っている国はすごく面白いですね。

ーー日本はどちらかといえば、アメリカナイズされているのですね。

だからインドやタイのジェンター観は面白いと思うけど、自分自身の価値観と合うかといえばちょっと難しい。だけど、他の国には違ったジェンダー観があることでアメリカナイズされたジェンダー観に当てはまらない子たちの行き場所にもなる。どこかに自分の価値観を当てはめる必要はないけど、全ての国で価値観が統一されていたら行き場所がなくなってしまうじゃないですか。ここだとしっくりくるかもっていう場所を選べるようになればすごく素敵。韓国に関しても、最近は少しずつ若い世代がクィアに対してオープンになってきたましたよね。

ーー韓国は文学の面でフェミニズムの文化が育ってきている印象です。

韓国はマイノリティの声が少しずつ文学から抽出されて、今すごく大きなムーブメントになっている。ただ同時に、保守的なキリスト教の人たちはまだマイノリティに対して閉鎖的。韓国ではマイノリティのパレードとそれに反対するデモが一緒に並んで行進していたりすることもあるんです。そうやって宗教観が入ってくると対立も生まれるけど、逆に対立が生まれることによって話し合うべきものだと認知される面はあるから、それでもいいのかなって思います。

でもやっぱりまだアジアでは、セクシュアリティをオープンにする有名人が少ないですよね。日本でもゲイをオープンにしているのは、オネエタレントばかりで、ゲイをカミングアウトしている俳優さんはいない。そういうところはアメリカやヨーロッパと比べて遅れているなと感じることもあります。ただ、タイでは今BLドラマがすごく盛んで、日本でも色んな雑誌で特集されているんですよ。韓国ドラマでも「梨泰院クラス」の中にトランスジェンダーの女の子が出てきたりとか。そういった点にステップは感じますよね。

Photo by Misii

ーーKotetsuさんは11月11日から約1年ぶりに個展を開くとのことですが、そこではどんなコンセプトで展示を行うのでしょうか?

今回は「Fluid」というタイトルで展示を行うんですが、この“Fluid”には流動的・流れるといった意味があります。というのも、僕は「ダンセーカイホー」を作った頃には自分のことを男性だと思っていました。だけど、そこから性自認が男性からノンバイナリーに変わったり、活動媒体をZINEから雑誌に移行したり、2年の間にもライフスタイルや大切にしたいものが大きく変化しているんですよね。昔は変わっていくことが怖かったり、変わらないように自分をコントロールしようとしたりもしたけど、全ての物事はジェンダーに限らず流動していく。だから、変わってもいいんだよっていうことをみんなに伝えたくて、今回の展示では性別からもあらゆるジャンルからも飛び出した個展を開こうと思っています。

ーー人間の本質的な部分に焦点を当て、展示をされるんですね。

やっぱりずっとジェンダーについて語ってきたけど、僕のアイデンティティはジェンダーではないんですよ。他の人の活動を見ていてもそう思います。ジェンダーについて話す使命を持った子ではない。それぞれの人生があるし、ただ生きづらいと感じていることを発信しているだけ。お金なくてしんどいとか、美味しいご飯を食べれて幸せとか、失恋して悲しいとか普遍的な感情をみんな持ち合わせている。展示を通して、そうした本質的な部分を引き出したいなと。

ーー最後に今後の展望を教えてください。

個人的な活動も含めてすべて政治に繋げたいと思っています。今当たり前とされていることに違和感がありながらも、自分だけかもしれないと思っている人が『IWAKAN』や僕の作品を見て、自分だけじゃないんだ、声をあげてもいいんだと気づけるきっかけになってくれたら嬉しいけど、同時に自分たちがより生きやすくなるためには社会を変える必要があるんです。だから、違和感を感じている人や生きづらいと感じている人たちはもっと選挙に参加してほしいし、選挙に参加することで少しでも自分たちが生きやすい社会に変えられる可能性があるっていうことをこれからも発信していきたいです。

Photo by Misii

Photographer:Misii (https://instagram.com/mmisii?igshid=125gmxqjacqj6)
Interview:Ayaka Yoshimura
Edit:苫とり子(tomatorico)

雑誌『IWAKAN(イワカン)』

発売中
価格:1500 円+税
エディター:エド・オリバー、ジェレミー・ベンケムン、中里虎鉄、ユリ・アボ
デザイン:福岡南央子(woolen)、佐伯麻衣、許安
仕様:ソフトカバー、29.7×21.0cm(A4)、50ページ
発行:REING(NEWPEACE Inc.)
販売取り扱い:REING オンラインストア

『Kotetsu Nakazato Solo Exhibition「Fluid」』

フォトグラファーであり、Creative Studio REINGから10月に刊行された雑誌「IWAKAN」の編集も務めるKotetsu Nakazatoが約1年ぶりに個展を開催する。ジェンダーアイデンティティや他者との関係性の流動的な変化をテーマに撮った作品を展示。

「私たちを形成する全てが流れ、変化し続ける。体、性別、セクシュアリティ、信仰、想い。流れゆく物事を阻もうとするのは私。
大丈夫。私たちは皆、流動的で、それは夢で見た波のように美しい。」

【開催日】

2020年11月11日(水)〜 11月15日(日) 12:00〜20:00
1ドリンクオーダー制
*11月14日(土)19:00〜21:00ライブイベントを開催いたします。
(出演者:ヒカリ。/ Misii / Hugo Stanzo、入場料:1000円+1ドリンク制)

【開催場所】

NOSE art garage
(住所:〒107-0061 東京都港区北青山3-5-21 加藤ビル5F)
Instagram : https://www.instagram.com/nose_tokyo/?igshid=wilrhej937o4
YouTube : https://www.youtube.com/channel/UC596e20BU-TbHC7oTmLDGew?app=desktop

【Kotetsu Nakazato(中里虎鉄)】

1996年生まれ。フォトグラファー、エディター、アートディレクター、ラジオパーソナリティーなど、肩書きにとらわれず多方面に表現し続けたいギャル。Creative Studio REINGから刊行された雑誌「IWAKAN」の編集制作も行う。自身のジェンダーやセクシュアリティにまつわる経験談や思考を発信している。

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