POSTED ON 2017年2月27日 1 MINUTE READ BY SIXTYMAGAZINE TEAM
世界に飛び出し、厳しい環境の中で自身のクリエイションに情熱を注ぐ日本人クリエイターを紹介する企画『世界で活躍する日本人』
今回はフランス・パリでヘアスタイリストとして活動する春木 芳子さんにお話を伺った。
ーいつからパリを拠点にしているのですか?
今から7年半程前にパリに来ました。当初はそんなに長く住む予定ではなく、メイクの学校に留学するために渡仏して、1〜2年ほどのつもりでした。
ーヘアではなく、メイクを学ぶことが渡仏のきっかけだったというのは意外です。渡仏前は、日本で何をされていましたか?
名古屋の専門学校を出て、サロンで美容師として働いていました。幼い時から髪の毛をいじるのが好きで、妹の髪を編んだりしてよく遊んでいました。
中学生の年頃になると、クセ毛に悩み始めコンプレックスを抱えていました。でも家の近所にクセ毛悩みを解消してくれるような高い技術を持った、カリスマ美容師的存在の人はおらず…。
将来私と同じように髪の毛に悩みを抱えている人のために、上手にカットやセットができる美容師さんになりたいなと思っていたんです。
日本だと「ヘアメイクさん」と呼ばれるくらいなので、ヘアとメイク両方をこなせる方も多いのですが、フランスなど欧米ではヘアとメイクはきっちり分かれていることがほとんど。美容師という職業ももちろん好きだったんですが、専門的にメイクをもっと学んでみたいなと思ったことと、その頃友人が留学すると聞いて興味を持ち始めて。意気込んで来たというよりも、興味の赴くままに“行ってみよう”くらいの気持ちパリに来ました。
ーしかしやはり、メイクではなくヘアの道を選ばれたのは何故ですか?
2年ほどメイクを学びましたが、自分に向いているのはヘアだなと再確認したからです。メイクの学校の卒業後のプランは何も立てていませんでしたが、卒業直前に、偶然友人の知り合いのヘアスタイリストがアシスタントを探しているという情報が耳に入り、タイミングも良かったのでやってみることにしたんです。
美容師として働いていたので基本的な知識はありましたが、媒体やショーでの作品作りというのは経験がほとんどありませんでした。2年半のアシスタント期間はパリでの仕事の仕方や人間関係など、技術だけではない重要なことも学べた気がします。フランス語もその頃に一気に身につきました。
ーーアシスタントから独立してわずか3年程ですよね。既にStyle.comに名前が掲載され、KENZOの広告、雑誌ELLE(エル)やmarie claire(マリ・クレール)、パリコレではGivebchy(ジバンシィ), Isabel Marant(イザベル・マラン)のショーなど多数一流ブランドでヘアを担当されていますが、どのように仕事を獲得しているのか気になります。
最初から全て、ご縁なんですよね。例えば撮影で一緒になったメイクさんやフォトグラファーさんが後日、全く別の媒体の仕事で呼んでくれたり、プライベートで知り合ったファッション業界の方に依頼されたり。
私の作品を何かで見て、エージェントから連絡が来たこともあります。口コミみたいに知人から知人へと広がっていき、仕事を頂いているという感じです。
エージェントなどに所属したことがないですが、今のところこれで生きているので、これからもこのままですかね(笑)。
ーー たとえネットワークがあるとはいえ、これだけ数々のビッグネームと仕事されているというのはすごいです。エージェントにも所属せず完全なフリーランスだと、収入面でのリスクはもちろんですが、スケジューリングなどのマネージメントも大変ですよね。パリに来てから一番苦労した経験は?
確かにマネージメントは大変な時があります。特にファッションウィークは仕事が立て込み目紛しく毎日が去っていきます。でも、苦労したとか辛い思いをしたという経験はあまりないんですよね。もちろん体力的にも精神的にも疲れることはありますが、好きなことなのでそれが苦だとは感じないのかもしれません。
ファッションウィークなどショーのバックステージでの、時間勝負のバタバタ感も好きですし、ディレクターやメイクアップアーティストなどチーム一丸となって取り組むクリエイティブな創作作業も好きです。海外だと言葉の壁はありますが、コミュニケーションよりも創り上げた作品の方が重要。たとえ同じサンプルを見て同じ道具を使ったとしても、作品にはその人の色が出ます。それを気に入ってもらえて相手の求めるものを提供できれば、言葉の壁は超越してしまうと思うんです。
ーー仕事面だけに限らず海外生活において、日本とフランス、どんな違いがありますか?
フランス語に敬語がないというのは大きな要因だと思うんですが、人間関係は日本よりもゆるいですね。日本で同じようにヘアスタイリストのアシスタントをしていた友人の話を聞くと、厳しいなと驚きました。上下関係だったり、気遣いだったり。上司と一緒に食事をして会話を楽しむということはほとんどないですよね。対等な目線で話す、なんてことは日本では考えられないのではないでしょうか。
仕事の姿勢も違います。日本人は1つの仕事を休まず長時間労働しますが、フランス人は短期集中型。食事も片手間で済ますのではなく、チーム全員で着席してゆったりランチしながらお喋りを楽しむ。その時には上下関係や肩書きも関係なく接します。休んだらスイッチを切り替えて仕事に集中する、といった感じ。
また、フランスといえばバケーション。私はフリーランスなのである意味いつでも休めますしいつでも働ける形態ではあるんですが、8月はみんな仕事をせずパリから離れる人が多いので自然と私も同じように、8月はバケーションでゆっくり休みを取りますね。自分にどんな働き方が合うかなので、どちらが良いと言えませんが、私にはフランス式の方が効率良く働けるので合っています。
ーーパリにいて、日本人だからこそ苦労したこと、逆に得をしたことなどがあれば教えてください。
日本人は手先が器用だと思いますね。性格も基本的に真面目な国民性だと思うので、フランス人に限らず他国の方からは信頼を置かれる方だと思います。私がアシスタントに就いていた時のボスも、歴代日本人のアシスタントばかりだったそう。それはきっと真面目で信用できるからではないかと思います。 特別日本人だから苦労としたとか差別を受けた経験はないですね。
ーーこれからも日本ではなくパリを拠点に活動される予定ですか?
渡仏した時もアシスタントに就いた時もそうですが、将来の計画はあまり立てず流れとご縁に任せて生きていくのが性に合っているので、先のことはあまり考えていないです(笑)。リスクは伴いますが、思いがけない人や仕事との出会いがあってその方が楽しい。
一生パリにいたいと思っているわけでもないですし、日本に帰国したくないわけでもないですね。でも色んな国へ行って文化に触れるのが好きなので、各国行き来しながら活動というが理想です。
ーー 最後に、今後の展望があれば聞かせてください。
これからも好きな仕事を楽しく続けていきたいです。影響力のある大手の媒体での仕事を増やしたり、ショーでメインのヘアアーティストになりたいという願望もあります。ただ、一人の女性として結婚や出産などの憧れもあるので。計画を立てすぎて自分の未来を制限することなく、流れとご縁にお任せです(笑)。
「緊張してあまり話せないかも」と言いながらも、渡仏当初やパリ生活、様々なことを思い出しながらこちらの質問に丁寧に素直に答えてくれる姿が、真面目で心優しい彼女の性格を表しているように感じた。作品のクオリティの高さだけではなく、人柄の良さが多くの縁を惹きつけていることがよく分かる。日本人らしい謙遜の心は持ちながらも、芯が強く自分の意見はしっかり述べる。長い海外生活の中でも、染まりきるのではなく柔軟な姿勢で上手に風に流される、といったところだろうか。これから彼女の人生にどんな追い風が吹くのか。さらなる飛躍を遠くから期待したい。
春木 芳子(はるきよしこ)
2009年渡仏。2012年から2年半、ヘアスタイリストdamien boissionotに師事。2014年よりフリーランスのヘアスタイリストとしてパリを拠点に活動中。数々のパリコレのヘアチームに参加するほか、フランス国内外問わず広告や雑誌のヘアを手掛ける。
Photo by K-Niiyama