
加速する街東京で、消えない「個」を追う連載企画 「Why you in Tokyo?」
刺激とスピードに満ちた街、東京。絶え間ない変化の中で、人々は自分を磨き、強く、美しく振る舞う。
けれどその内側には、外からは見えない葛藤や悩み、不格好でリアルな感情、そして純粋な想いが隠れている。
表現者たちは、なぜ東京を選び、ここで活動を続けるのか。会話を通して、都心で生きる若者たちの飾らない素顔を切り取る。
今回登場するのは、アーティストのnaka renya。
音楽シーンを中心に、ジャケット制作やVJ、グラフィックデザインなど多岐にわたる表現を展開。
可愛いだけではない、思わず見てしまうような奇妙さのあるエッセンスを孕んだ彼の作品は、ユースカルチャーの熱を帯びている。
地元・名古屋から逃げるように東京へ辿り着いたという彼に、この街との距離感と美学を聞いた。

―― 現在の活動について教えてください。
naka renyaです。アーティストです。絵を描いています。
普段は音楽周りのジャケットやフライヤー制作、クラブでVJをしたりもします。
もともとは高校から大学にかけてバンドをやっていて、ベースを弾いていたんです。
でも、自分はベースには向いていないなと感じて。
他に何か手伝えることはないかと、バンドのジャケットやデザインを担当し始めたのがきっかけでした。
やっていくうちに「デザインの方が向いている」と気づき、その延長線上で絵を描き始めました。
――制作に行き詰まることや、苦悩することはありますか?
バンド時代は「練習しなきゃ」という義務感がしんどかったんですけど、
絵を描くことは、みんながYouTubeショートを流し見するのと同じくらいの感覚で向き合えるんです。
周りから「頑張ってるね」と言われることもあるんですけど、
自分の中では頑張っているという感覚はあまりなくて。ただ好きだからこそ、日常の延長でラフにやっている感じ。
そういうものを見つけられたのは、自分にとってすごくデカいなって思っています。
だから、制作そのもので悩んだり苦悩したりすることはあまりないですね。
もちろん、仕事をするにあたっての事務的なことがしんどくなることはありますけど(笑)
制作自体はずっと楽しみながらやっています。それが一番大事だと思ってます。

―― なぜ、地元を離れて東京を選んだのでしょうか?
僕が好きなカルチャーは、全部東京で起こっていることでした。その当事者でありたい、目撃したいという気持ちが強かったです。
名古屋は東京と大阪の真ん中で、カルチャーの届き方が少し遅れて感じるもどかしさもありました。
「俺は新しいことをやっている」という自負があった分、その環境が悔しかった。
東京に行きたいというよりは、新しい刺激に触れたい思いが強かったです。
―― 東京という街に対して、どのような印象を持っていましたか?
正直なことを言えば、東京へは「逃げてきた」という表現が近いかもしれません。
地元では、就職や受験というものにまともに向き合わずに絵を描いていると、どこか「いつまでそんなことやってるの?」という目で見られてしまう。
東京は、いい意味で冷たいですよね。誰がどこから来て、何をしていても、誰も気にせずに生活している。
その冷たさが、僕にはすごく居心地が良さそうだと思ったんです。

―― 実際に東京で活動してみて、この街の「空気感」をどう感じていますか?
東京は界隈がガッチリ固まっていて、その中に入りづらい空気があるのは確かです。
僕自身は、どちらかといえばその輪の中にいさせてもらっている方だとは思うんですけど、それでもその独特な壁を感じることはよくあります。
それと、何者かであることを証明し続けなければならないプレッシャーをなんとなく感じる街な気がしています。
―― その感覚とてもわかります。実際にどういう場面でそのようなプレッシャーを感じますか?
現場に行くとありがちなことだと思うんですが、「何されている方ですか?」っていう会話がよくありますよね。
その時に、相手が「普通の会社員で、何もしてなくて……」と口にした時、すごくハッとして心苦しくなるんです。
僕は就職から逃げてきた人間なので、会社員として働いている人たちに対して、
自分にはできないことをしているという強いリスペクトを持っています。
本来は何者であっても、何者でなくてもいいはずなんです。「何者でもいいじゃん」って、いつも思っています。
ただ、東京は「上京しているってことは何か夢を追ってここにいるんでしょ?」っていう前提がそこかにありますよね。
だからこそ、常に何者かであることを証明し続けなければならないプレッシャーがあって。それは良くも悪くもこの街ならではなのかもしれません。
―― 常に「何者か」であることを求められるプレッシャーとは、どう向き合っていますか?
僕はそれほど顔を出さずに活動しているので、周囲はみんな「絵」を通して僕を認識しています。
だから、本当の自分と作品としての自分が乖離しているように感じることもあります。
でも、わからなくなる自分も含めて自分だな、と。曖昧な状態も受け止めるようにしています。

―― 作品づくりにおいて、最も大切にしていることはありますか?
僕はキャラクターを主に描いているんですけど、どうしても「可愛いもの」を求められがちなんです。
でも、ただ可愛いだけじゃなくて、そこにちょっと奇妙なエッセンスを加えることですね。
その違和感や不思議な感覚は、表現する上で一番大事にしています。
あとは「鮮度」も大事にしています。自分自身が飽き性なので、描いてから世に出すまでのスピード感を大切にしたい。
今の気持ちを、新鮮なうちに届けたいんです。
―― 最近の作品のムードやテイストで、変化した部分はありますか?
最近は、葉っぱの模様や建物のサビといった、人工的ではない「自然にできたもの」に惹かれています。
インターネットのかっこいい部分と、こうした自然の造形をどう融合させるか。それは僕なりの「逆張り」なんだと思います。
僕はずっと逆張り人生というか、アーティストはみんなそうだと思うんですけど、流行っているものがそのまま素直に面白いとは思えない。
今、デザイン業界にはAIの大きな波があって、人工的なイメージがタイムラインに溢れていますよね。
そうやって「正解」みたいなものが一つに固まろうとする時、そこへの反抗心が自然と湧いてくる。
AIが効率よく綺麗なものを出せる時代だからこそ、
僕はあえて、コントロールできない自然のゆらぎや、朽ちていくものに面白みを感じるんです。
カルチャーって、常にそうやって主流に抗う形で生まれてくるものだと思うので。
―― 変化の激しい東京で、自分を保ち続けるのは大変ではありませんか?
東京は本当になんでも早いですよね。流行っている音楽もすぐ終わっちゃうし、昨日あった店が明日にはもう別の店に変わっている。
情報の速さも、街の移り変わりの速さも、正直しんどくなることはあります。
けれど、同じように好きなものを形にして活動している周りのかっこいい友達が、常に新しい刺激をくれる。それが僕のケツを叩いてくれるんです。
しんどくなって落ち込むこともあるけれど、その刺激があるからこそ「やんなきゃ」と思える。
自分という人間は、周りの友達や環境を少しずつもらって形成されているものだと思うので。

彼は東京という街の「他人に干渉しない冷たさ」を、彼は自分を守るための心地いい壁にしている。
「何者かにならなきゃ」と急かされるこの街で、彼はあえて「逃げること」も肯定し、自分のペースを崩さない。
AIが作った綺麗なものが溢れる今だからこそ、彼はあえてコントロールできない自然のゆらぎを描き、流行の裏側を歩こうとする。
そのスタンスこそが、変化の激しい東京の中で、naka renyaという個性を誰にも真似できないものにしているのだ。



