先日、BTSのシングル曲「Dynamite」が第63回グラミー賞の「最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞」にノミネートされた。所謂白人音楽主体のステレオタイプに対し、人種を超えたフラットかつ正当な評価を求める声が大きくなる中、本ノミネートはエンターテインメントの正当なダイバーシティー化と共に“アジア人”へのステレオタイプを覆す変革とも言えるだろう。
今回はアジア系アメリカ人として、いちARMYとして、アメリカの事情や表面化されないカルチャーを評す、竹田ダニエル氏にインタビューを実施した。竹田氏が常に掲げる“Z世代”の根源と共に、昨今におけるアジア系アーティストの勃興のリアルを前編と後編に分けて追求していく。

ーー近年アメリカにおいてアジア系アメリカ人のアーティストや俳優が活躍している印象があります。アーティストのアイデンティティーやメッセージ性に共感するファンも多い中で、アメリカに在住するアジア系の方々はどのようなアイデンティティを持っているのでしょうか。

今までずっとポップカルチャーや映画等に表れているような、“アジア人=ガリ勉”、“モテない”といったステレオタイプが見た目と紐づけられていました。近年は映画にも“イケメン”と呼ばれるアジア系アメリカ人の方が出てくるようになりましたが、それでもアジア系のカルチャーはまだまだハリウッドでも受け入れられていません。地域によってはテック系企業のブームの影響でアジア人の数も増えて、もはやマイノリティじゃなくなってきているし、アジア系の2世3世の世代になって、ようやく周りの人と同じくらい英語が喋れるという事実が広まってきたにも関わらず、未だに差別があります。私自身も仲間がいない、孤独感みたいなものを幼少期から味わってきました。

ーーそういった状況の中で、アジア系アメリカ人による音楽が人々の共感の拠り所になっていると。

例えばConan Gray、88rising、Mitski, mxmtoon、Rina Sawayamaといったアジア系アーティストは全員私と同じように、社会の中や業界の中で差別や偏見を受けた経験があると思います。彼らの曲を聴くと、直接的ではなくてもその経験が曲の中に反映されているんですよね。失恋の曲にしたって、内容は白人が歌う失恋の曲と一見変わらないように思えるけど、育った環境の中で抱えてきた孤独や葛藤といったルーツを感じることができる。だから同じマイノリティとして葛藤を抱えている人たちの心の拠り所みたいな役割を担っている部分はあると思います。

ーー彼らの反骨精神やメッセージが偏見にさらされている人たちにも勇気を与えている……ということも?

基本的にアジア系アメリカ人でアーティストになること自体が、「子供には医療やテック関連の仕事に就いて欲しい」と願う典型的な教育思考の移民の親の期待を裏切ることだったりして、反対された経験を持つ子たちが非常に多いです。勉強ができる、いい仕事に就くといういわゆる「モデルマイノリティ」の枠にはまらない「アーティスト」という生き方を良く思わない保守的な大人も多い。そんな環境の中でも彼らは頑張って自立してきたソフトなパンクさがあるから、視聴者も見ていてワクワクような高揚感があります。さらに、今までだったらアジア系の俳優でイケメンの役というのはなかったけど、それがしれっとイケメンの役で出ていることも希望に感じます。彼らは常に新しい可能性を示してくれるので、見ている方も支持したくなるんです。例えば今までインド系アメリカ人の子たちはお昼にカレーを食べていると馬鹿にされて、家の中では大事な文化を守らなきゃいけないと言われ、ある意味アイデンティティの二分化が起きていた。でも多様なアジア系アメリカ人のスターが誕生したことで、アジア人だからといって一つの典型例はないんだと、徐々に思えるようになって来ていると思います。

ーーちなみにConan Grayや88risingのリスナーは、アジア系が割合としては大きいのでしょうか?

例えば映画でいうと、話題になった映画『クレイジー・リッチ』もなんだかんだ言って視聴者のほとんどはアジア人でした。他にも88risingの客層もアジア人ばかりだったり、星野源さんがアメリカでライブをした時も観客の多くが日系人だったり。やっぱりまだアジア人の音楽を、それ以外のメインストリームのポップスと一緒に並べて聴くということはノーマルになっていないと感じます。

ーーBTSがBillboardチャートで首位を獲得している様子を見ると、アジアだけではなくアメリカ全土でも支持があるのかと錯覚してしまいますが、アメリカの実情と客観的な盛り上がりは異なる部分がありそうですね。

アメリカだと、音楽関係者であってもBTSの曲をちゃんと聴いている人は少ない印象です。やっぱりK-POPという異質な枠組みで見られてしまっている以上、偏見が付いて回るので、それを乗り越えるためにはK-POPに限らず、英語以外の曲も普通に聴くものだというイメージを先に持ってもらう必要があると思います。BTSが今年アメリカで大ブレイクするきっかけになったのは、初めての全英語歌詞の「Dynamite」をプッシュしたからだと言われていますが、これからは韓国語の曲でもどこまで偏見を乗り越えていけるかを見るのが楽しみです。例えばテレビ番組で「Dynamite」を歌った時もSNSにたくさんの英語のコメントが流れていたけど、彼らは軍隊のように作られたグループだとか、全員似ていて個性がないとか、音楽性が似通っているとか、そういう無知からくる偏見をいまだに持っている人はいます。ただBTSの音楽性自体はクリエイティブで洋楽と親和性があったり、活動メッセージ性が強かったり、HIPHOPとしてもクオリティが高いので、一旦壁を越えてそういう魅力を知るとハマる人が多いのは彼らならではだと思います。

ーー彼らのようなロールモデルが生まれてもなお、アジア系の方とそうでない方との間にかなりのギャップがあるんですね。先ほども話題に上がった、例えばConan Grayや88risingに関しても同じ印象ですか?

Conan Grayの場合はハーフなので、アメリカ人にとって彼はアジア人というよりも、「白人ではない」くらいの印象です。本人もアジア人に対する偏見より、“他の人とは何か違う”というアウトサイダー意識から来る葛藤を曲に落とし込んでいるので、アイデンティティに葛藤を受ける様々なマイノリティから共感を受け、幅広い層に親しまれています。対して、88risingはある意味排他的だからこそイノベーションを起こすことができたと思います。彼らは非アジア人にアピールすることにこだわっていないからこそ、一部の人には強く訴求するような、オーセンティックなテーマのものが作れるんです。アジア人というプライドを中核に置いて、「アジア人でもクールな音楽作れるぞ」という開き直り方で活動しているので、逆にそれが個性的で注目されるようになりました。

ーーアーティストの売り出し方だけでなく、リスナーに関しても、アメリカは柔軟性が高いイメージもあります。竹田さんが以前話していらっしゃった「popularとfamousの違い」が明確かつ受け入れられているというか。

そうですよね。日本だと音楽に対して知識を持った人であればあるほど、音楽を文脈で聴きたがる人が多いような気がします。例えばアリアナ・グランデとか、テイラースウィフト、ケイティペリーといったメジャーなアーティストではなく、もっとオルタネイティブな音楽を聴いている人って、この人たちはZ世代文脈で〜とか、ベットルームポップの影響で〜とか、歴史で振り返る音楽カルチャーが根付いている印象があります。逆にアメリカはバイブスで音楽を聴く人が多くて、プレイリストもムードで分かれていて、その中にロックやエレクトロが混在しているように、アーティストの系統はあまり気にしていない。

ーーバイブスで音楽を聴く場合、リスナーがアーティストに戻ってくることはあるのでしょうか。TikTokでのバズりやバイラルチャートなど含め、ヒットした1曲からアーティスト自体を掘ることが日本では少なくなっているように感じます。

それなりに知られているアーティストというのは、バイブスで聴いた中でもアーティスト自身に個性がある人ばかりです。特にSNSでの訴求力が優れている人が強いです。日本の場合で言うと、コナン・グレイやLauv、ビリー・アイリッシュみたいに、「アーティスト本人と友達になりたい」と思わせるような親密感のあるアーティストが日本に輸入されることが多いです。あまたいるアーティストの中で、一発バズって終わる人ももちろんいます。その点BTSは真逆で、彼らはプレイリストに入りづらかったり、ラジオプレイ数は人種差別や業界の排他性によってそこまで多くなくとも、アーティスト本人に求心力があり、一旦興味を持ったらとことん好きになってしまうような特別な魅力があるからこそ、あそこまで広まることができたんだと、ARMYになった今では実感しています。

ーーその上で アジア系アメリカ人でもコミュニティからの後押しや、アーティストしての個性や主張が必要になって来るのですね。

そうですね。アメリカだと特に、「リアルかリアルじゃないか」が非常に重要な点になってきます。SNSがない時代のポップスターは自己発信する必要もなかったし、プロデューサーが曲を作っていたアーティストは、本人がどんな人間か分からなかった。でも今は「作られた(フェイクな)ポップスター」が見ぬけてしまうし、一番嫌悪されるので、たとえアリアナ・グランデやテイラー・スウィフトであっても、どういう気持ちを込めて歌っているのか、自分の社会や政治に対するスタンスは何なのかを発信しているし、ファンとも親密に接しています。逆の然りで、それがキャンセルカルチャーに結びついて、ちょっとでも失言すると「この人の音楽はもう聴かない」ってなる。日本では、人間としてはちょっとダメでも音楽とは関係ないから聴くっていう人が多いと思いますけど、アメリカはそうじゃない。人間性がものすごく大切な要因になっているんです。

【竹田ダニエル】

カリフォルニア出身。大手レーベルのビジネスコンサルタントやテック系スタートアップを経てフリーランス音楽エージェントとして活動し、日本とアメリカのアーティストPRやマネジメント・音楽メディアライター・SNSコンサルタント・AWA公式キュレーター・日英通訳と翻訳などを担当している。インディペンデント音楽シーンで活躍する数多くのアーティストと携わり、「good music from Japanを世界に、世界のgood musicをJapanに」をスローガンに、国際的なバックグラウンドを活かしながら新時代における音楽活動のあり方を先導している。2020年からはプロデューサー/DJのstarRoらと共にインディペンデント音楽コミュニティー「SustAim」を立ち上げ、「音楽と社会」を結びつける社会活動も積極的に行っている。

Twitter:https://twitter.com/daniel_takedaa
note:https://note.com/daniel_takeda