モード界を率いる有名ブランドのデザイナー交代劇は、いつになれば幕を閉じるのだろうか。

老舗の伝統に活を入れて再興させるために新しいディレクターを迎え入れる、そんな手法はもはやバズを生み出すための一つの得策のようにも見られ、交代劇の事情をめぐる裏話や臆測が飛び交っている。

なかでも、噂が噂を呼び、止まることを知らないのが130年続く歴史あるクチュールメゾン、ウィメンズのクリエイティブ・ディレクター、Olivier Lapidus(オリヴィエ・ラピドス)の電撃退任が3月23日に発表されたばかりのLANVIN(ランバン)だ。

後任は未定で、決まるまではメゾンのデザインチームがコレクションを手がける。

ブランド改革を託されたオリヴィエ・ラピドスだったが、2018春夏、2018-19秋冬とわずか2シーズンのみのクリエーションに終わり、ポジティブな評価は得られなかった。今後は、自身のブランドに専念するという。

オリヴィエの前任も早期退任

オリヴィエ・ラピドスの前任だったBouchra Jarrar(ブシュラ・ジャラール)も、在任期間わずか1年4ヶ月での早期退任となったことは記憶に新しい。

14年間アーティスティック・ディレクターを務めたAlber Elbaz(アルベール・エルバス)の後任として白羽の矢が立ったブシュラ・ジャラールは、モード界でも確かな評価を得ており、2017年6月にはフランスの芸術文化勲章「オフィシエ」を受章した。

それまで手掛けていた自身のブランドを休止して、クリエイティブ・ディレクターに就いたという経緯もあって、長期間の在任が予想されていただけに、ブシュラの退任のニュースは信じがたいものであった。

退任理由はエルバス離脱後の売上げ低迷などが理由に報じられていた他、経営陣とクリエーションの方向性が一致しなかったという噂も広くひろまった。

業界を超えて衝撃を与えたアルベールの退任

先にあげた2人のクリエイティブ・ディレクターの電撃退任は、アルベール・エルバス退任の衝撃に比べれば小さいものだ。

2015年10月に彼の退任が発表されると「フランスのモード界の歴史が変わる」「一つの時代が終焉を迎えた」などと大々的に報道された。

アルベール・エルバスは2001年、台湾の前オーナーがブランドを買収した後に就任し、女性の体のラインを美しく魅せる作風で伝統あるメゾンブランドをリボーンさせ、経営も黒字へと伸ばした功績があり、LANVINに加わってからも、
2008年のAcnen Studios(アクネ・ストゥディオズ)や、2010年のH&Mとのコラボレーションなどで世界から注目を集め、ブランドを大きく飛躍させていただけにファッション業界からは驚きや悲しみの声があがった。

さらに退任となった時も、特に売り上げが大きく落ちていたわけでもなく、作品が精彩に欠けるといった前兆は一切見られなかったうえに、当時の最新のコレクションでも力作が好評を博しており、彼の監修によってパリで開かれたブランド創始者の回顧展には16万人もの観客を集め大盛況であったこともあり、業界関係者だけでなく、LANVINに勤める約300人もの従業員が、彼の解雇の反対運動を起こしていたという。

退任の明確な理由は明かされていないものの、不透明な経営戦略に彼が不信を抱いていたとの噂が流れた。

その噂は、約2ヶ月後にLANVINの経営者と労働組合の争いがパリ裁判所に持ち込まれたというニュースが報道され、一気に真実味を帯びたのである。

アルベール・エルバス退任の衝撃はモード界を超え、政治にまで走った。

パリ市長のAnne Hidalgo(アンヌ・イダルゴ)は彼の辞任について以下のような手紙を当時のLANVINに送ったのだ。

「LANVINの影響力に必要不可欠な存在だったエルバスの不在は、ブランドにとって魂を失ったも同然。また彼の解任によって、約300人の従業員の行く末が心配」だとも語った。

「従業員の運命は、パリの街とパリの歴史と切っても切り離せない関係なの。だから、私はこうして動いたのよ」と話した。

時代とともに変化するデザイナーの役割

当時はRaf Simons(ラフ・シモンズ)がChristian Dior(クリスチャン・ディオール)のクリエイティブ・ディレクターを退任したこととも重なり、現代のブランドビジネスの有り様を浮き彫りにする出来事は、そのシステム自体を見直す動きも強まった。

当の本人アルベール・エルバスは多くは語らないものの、強いメッセージを公に訴えかけている。

「クチュリエとして服を生み出す夢を持ってこの仕事を始めた。女性が服に求めることを必死になって考えていたが、今では”クリエイティブ・ディレクター”として主にディレクションが仕事。イメージメーカーとしてバズを生み出すことが重要視される」とデザイナーの役割の変化に言及した。

メゾンのブランドともなれば、オートクチュール、プレタポルテ、クルーズ、リゾートと年間計6つのコレクションに加え、キャンペーン広告、店舗オープン、各都市への訪問、トランクショー、展覧会、インタビュー対応などで分刻みのスケジュールをこなさなければならず、同じシーズン中でも何度も新商品を投入する傾向が強まり多忙の一途。

スケジュールとの戦いは日常化し、それが「デザイナーの創造力を殺してしまう」と警鐘を鳴らすジャーナリストも多くいる。

ディレクター1人への過重な負担の原因はファッションのグローバル化に紐づくビジネスの激化にあるようだ。

“服が売れない時代”に、経営陣は服よりもバッグなど小物を多く売ることに力を入れてきている。

そんな変化の中で、服を主体としたデザインの創造性にこだわる実力派デザイナーとの間にズレが生じるのは想像に難しくない。

ファッションの”夢”がデザイナーを救う

コンデナスト国際カンファレンスでのアルベール・エルバスのスピーチは、業界の問題を鋭く指摘し、問題解決への糸口として受け取れる。

「デザイナーがいなければ夢が生まれることはなく、夢がなければファッションも存在しません。私たちデザイナーは創作する際に、まず夢と直感から始めなければなりません。マーケティングを考えるのは後の話であり、まず先にすることではありません。もう一度言います。マーケティングを考えるのは後であり、先ではありません。直感に従うということはリスクも高く、過ちを犯せばコストがかかることは承知しています。利害関係者はそのようなミスを犯した人を解雇する可能性があることも承知しています。ですが、世界で起きた最高の革新性の多くは誰かが直感を信じて実行した結果なのです」

ファッションは理性ではなく感覚。

ブランドが新たな発展期を迎えるためには、数字ばかりを追うのではなく、ファッションの夢と感覚をもう一度取り戻し、デザイナーが創造性を磨きあげられるよう時間と心の余裕の与えるべきではないだろうか。

優れたデザイナーよりもバズを生むその場しのぎのデザイナーが評価される現代、日に日に加速するファッションのスピード、デザイナーへの重責、深刻化する問題への打開策を模索する局面を迎えているようだ。