予想を裏切る好戦が続いているロシアW杯。開催国のロシアは強豪国スペインを破りベスト8入りを果たした。
そんな話題の国ロシアと国境を隔てるのがVetements(ヴェトモン)のデザイナー、デムナ・ヴァザリアの出身国ジョージアだ。
かつてはソビエト連邦の一部で1991年に独立したこの国で、デムナは少年時代に難民となった。
ファッション業界の最前線を行くデザイナーのバックグラウンドが生み出した最新コレクションの世界観を紹介したい。
ホットな気鋭デザイナーの起源
デムナはジョージアの首都トビリシで、ショーのための40人の新人モデルのキャスティングを行なった。
そこはキリル文字、ソビエトのエンブレムが描かれ、ファンキーな洋服とマスクで顔を覆うメンズモデルたちが控えている会場だ。
「これはファッションを語る上で最も個人的な命題なのだけど、僕は以前はこういったコレクションを創り出すことに自信が持てなかったんだ。
10歳の時に難民になった。
僕の家族は爆撃を受けたんだ。僕は僕の生まれ故郷で難民になった。」
彼がこう語った時、モスクワではちょうどロシア対スペイン戦のPKが行われている最中だった。
デムナがまだ少年だった頃、旧ソ連はアブハジアにある彼の生まれ故郷を侵略した。
結果として彼の家族は西ヨーロッパへの逃亡を余儀なくされ、先日のランウェイで垣間見れた彼の自己発見に至るまでの長い旅のスタートを切らざるおえなくなった。
ヴェトモン2019SSメンズコレクション

ショーはパリ中心地の高架下にて催され、ロックバンドSisters of Mercy(シスターズ・オブ・マーシー)を含むサウンドトラックが盛り上げた。
コレクションはハードロックの気分で溢れていた。
オープニングを飾るファーストルックはセカンドスキンとでもいうべきTシャツのルックで、そこにはモスクワ赤の広場にそびえる聖ワシリイ大聖堂を背景に母子の姿が描かれている。
Tシャツと合わせられた分厚い肩パッドの入ったオーバーサイズのコートはまるで、よくデムナの祖母が仕立て直してくれたもののようだ。

パーカーは修道僧が着る僧衣の被り物のようで、SMっぽいチョーカーと足元には鋲付きのスニーカーと合わせられている。

裁断されたピースをつなぎ合わせたようなダメージデニムに、迷彩柄のジャケット。


そして何と言っても目出し帽のルックの数々と、ロシア、トルコ、ウクライナ、アメリカ、そレからジョージアの国旗の色で配色されたスキージャケットライクなパーカーは印象的だ。

クール!という感想よりも先にどこか胸騒ぎを覚える、そんなコレクションだろう。
コレクションに託されたデムナの想い
「家族と暴力」がテーマのこのコレクションは彼の家庭に敬意を表すだけではなくて、祖国ジョージアの苦境を世界に知らせるべくデザインされている。
コレクションには仕組みがあって、ヴェトモンのアプリをダウンロードしたのち、一部のコレクションピースにデザインされたQRコードをスキャンするとウィキペディアのあるページに飛ぶのだという。
それは、ジョージアでかつて大量虐殺のページ。
「僕らは40人のモデルをジョージアの地でキャスティングした。それは政権によって抑圧されている若者たちの思いを示すためだなんだ。ジョージアに本当の意味での自由はない。若者たちはデモをしたり自分たちの考えを表にしたりすることができないんだ。僕はそこに住んでいてそんな状況がどんなに辛いか痛いほどわかるから、それを表現するんだ。」
ジョージアの歴史と現在の政治的・社会的情勢不安を明るみにするデムナのこのような動きは、今年初めにトビリシのナイトクラブBassiani(バッサーニ)が強制捜査を受けクローズしたことに立て続くように起こった。

デムナがアーティスティックデザイナーと務めるバレンシアガ2018AWコレクションでは、2030年までに飢餓を解決するミッションの元国際連合世界食糧計画とパートナーシップを結んだが、ヴェトモンの最新コレクションで今回彼はデザイナー自身について、そして彼の故郷であるジョージアについて語る覚悟を決めたのだ。
デザイナー自身と母国の物語を紡ぐコレクション

「僕にとって洋服を生み出すことは、洋服を作るという物理的意味からはかけ離れているんだ。そういう観点で僕自身について語ることが必要だと気づいたんだ。それってショーを構成するというよりは映画を製作している感覚かな。紛争の絶えなかった哀しい祖国に僕自身の起源を見出したんだ。例えばオーバーサイズの洋服は元をたどれば少し金銭的に恵まれていたいとこからゆすり受けたものだった。あの時少年だった僕はなんたってファッションというものが存在するなんて知らなかったんだから!」
とデムナが語ったまさに数秒後に、サッカーでは強豪国とは言えないロシア(歴史や政治的背景が語るロシアは強豪国だけど)がスペインに対して皮肉にも粘りの勝利を収めた。