Why you in Tokyo? KAIHO

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加速する街東京で、消えない「個」を追う連載企画 「Why are you in Tokyo?」

刺激とスピードに満ちた街、東京。絶え間ない変化の中で、人々は自分を磨き、強く、美しく振る舞う。

けれどその内側には、外からは見えない葛藤や悩み、不格好でリアルな感情、そして純粋な想いが隠れている。

表現者たちは、なぜ東京を選び、ここで活動を続けるのか。会話を通して、都心で生きる若者たちの飾らない素顔を切り取る。

今回登場するのは、特殊メイクアーティストの KAIHO。

特殊メイクの技術をベースに、モデルの造形変容から衣装のアートディレクション、空間演出まで、領域を定めない前衛的な表現で注目を集めている。

「グロテスクなものだけが特殊メイクじゃない」既存の枠組みに抗い、自分の表現を貫いた結果、一度は仕事がゼロになるどん底を経験。

それでも東京という街で、好き勝手に生きる表現者たちに刺激を受けながら、孤独な「個の楽しさ」を「組織の強さ」へと昇華させた彼の、現在地に迫る。

Profile

ーー現在の活動について教えてください。

メインは特殊メイクの技術を使って、モデルの顔の造形を変えたりする活動が軸ではあるんですけど、その技術を応用して、衣装のアートディレクションをしたり、いろんな空間の背景を作ったり、企画全体をプロデュースしたりしています。

意外と特殊メイクは、使う材料がメイク資材だけじゃなく、ものすごく専門的な造形の道具だったり、顔に付けるパーツが出来上がるまでのプロセスで、むちゃくちゃ色んなものを使う技術なんですよ。

それを勉強して応用すれば、何でも作れる。すべてやっていることの根底としては、特殊メイクの技術を使って制作している、という感覚ですね。

―― KAIHOさんにとって、特殊メイクという表現の最大の魅力はどこにありますか?

特殊メイクの技術って、「何でもやっていいもの」じゃん、と思っているところがあって。グロテスクなものとかゾンビ、宇宙人とかそういうものだけじゃなくて、何でもやれる表現なんですよ。

頭の中にある妄想や見たことのない世界を、実際に自分の手を動かして形にできる。それが最高に楽しいんです。

大きなきっかけがあってこの道を選んだわけではなく、子どもの頃から絵を描いたり手を動かして物を作ったりするのが大好きだったんです。

ずっと「こんなキャラクターがいたら面白いな」って妄想しながら日々を過ごしていました。

その延長線上で、高校を卒業する進路のタイミングで、どこで材料を買えばいいかも分からないくらい専門的な世界だから、自分で調べる限界を感じたんです。

学校が東京にあると知って「なんか面白いことができそうかも」という、本当にそれだけの理由で18歳のときに上京してきました。

Why Tokyo

―― 18歳で名古屋から上京されて、東京という街にはどんな第一印象を抱きましたか?

最初に驚いたのは、街によって全然雰囲気が違うことですね。渋谷は渋谷っぽいし、浅草、高円寺と、どの街にも固有の雰囲気があって新鮮でした。あとは、単純に人が多い(笑)。

色んなタイプの人がいるから、上京したての頃は必死になりながらも、ただ人を観察しているだけで面白かったですね。

いまだにいろんな人を観察するのが面白い街だなという感覚は変わらないです。

―― 最初は秋葉原の近くに住まわれていたそうですが、現在は浅草・上野近辺にアトリエを構えられていますよね。

そうですね。今は下町の空気感がすごい好きで、この辺りで仕事をしています。問屋が多いし、意外と町工場も多くて、物を作るクリエイターにとってはすごく環境がいい場所だなと思っています。

一時期、世田谷区あたりのアトリエとかに憧れたときもあったんですけど、この下町の落ち着いた雰囲気が、自分の制作のバイブスに一番しっくりきています。

Reality

―― 特殊メイクという特殊な領域だからこそ、キャリアの初期は理想と現実のギャップに悶々とする時期もあったそうですね。

そもそも特殊メイクって仕事自体が偏っているから、自分がイメージしていたような「見たことのない生物を自由に作りたい」と思っても、そんな仕事は存在していなくて。当時19歳の若造に、そんな大きな企画や仕事が任されるわけもない。それがすごく悶々としていました。

だから最初の1〜2年は、とにかくバイトして稼いだお金で自分の作品を作って、SNSにアップするくらいしかできなかった。当時は必死でしたね。

当然、最初は仕事がないから、人体破損のメイクとか、ちょっとグロテスクなものとかの仕事が多くて。

もちろん面白い仕事ではあるんですけど、自分が持っている技術はもっと違う新しいことができると知っていたし、そういうことがやりたかった。

―― そこから、ご自身の表現へと舵を切ったきっかけは何だったのでしょうか。

どこかで「自分の表現がしたい」って決めた瞬間があって、グロテスクなだけの仕事はもう嫌だって断るようになったんです。自分のやりたい表現を無茶して突き通していたら、当然クライアントからしたら「どう発注したらいいか分からない」となって、ちゃんと仕事がなくなりました(笑)。

自分みたいに、特殊メイクを使って好き勝手にアート作品を作るような前例があまりなかったので、お仕事を頼む側からしても困りますよね。

でも、やりたい表現はこれだと、思い切って発信をし続けたら、徐々に理解してくれる人が増えていき、今の形に広がっていきました。

未だに「もっと自分が売れなきゃ、本当に面白い表現はみんなに知ってもらえない」と思っている部分はあるので、特殊メイクの可能性をもっと広げて、面白い仕事に繋げていきたいなと思いながらやっています。

In Tokyo

―― 東京で活動を続ける中で、周りのクリエイターたちの存在からはどのような刺激を受けていますか?

ダンサーだったりシンガーだったり、造形以外の色んな表現をしている友達が周りにたくさんいて。その人たちの活動を見たりステージに行ったりすると、やっぱり「楽しそうだな、好きな表現ができていていいな」って、羨ましくなるのと同時に、ものすごく良い刺激になります。

これは地元にいた頃にはなかった感覚ですね。東京は、ちゃんと自分のやりたいことを突き詰めて、いい意味で「好き勝手」にやっている人がむちゃくちゃ多い。

特殊メイクって、極論、社会になくても生きていけるものだと思うんです。でも、それがあったら、見たことのないものをみんなに見せられるし、ワクワクさせられる。

そういう「あったら素敵だよね」っていう表現をしている仲間が、ジャンルを越えてたくさん集まっている。やっぱり東京は面白い場所だなと感じますね。

―― そうした尖った仲間たちが集まる東京で、10年という歳月を経て、ご自身のマインドで変わった部分、逆に変わらない部分はどこにありますか?

「自分がワクワクすることを常にやろう」というマインドは、昔も今も全く変わっていません。

ある程度実績ができてくると、大きな規模の仕事のお話もいただけるようになるんですけど、お金だけじゃなくて「面白いかどうか」「自分がやる意味があるかどうか」をすごく考えて受けるようにしています。そこは仕事が全然なかった頃と一緒ですね。

一方で、変わった部分もいっぱいあります。昔は「個人で好き勝手やっていれば、楽しくてハッピー」だと思っていた。

でも、自分が作っているものをもっと広い世界や大きなステージに持っていきたいと考えたとき、一人じゃできないことがむちゃくちゃあるなと気づいたんです。

だから今は会社を設立して、社員と一緒にどうしていくかを考える時間がすごく増えました。

本当の意味で「自分がやりたい好き勝手」をやり通すためには、もっと色んな人の力を借りて、組織として責任を持って動いていかないと、辿り着けない。

そこへの考え方は、東京での10年で大きく変わりましたね。

Epilogue

「一回やってみて、失敗したらその時バイト生活に戻ればいい」。

大人になるにつれて臆病になりがちなタイムラインの中で、KAIHOが持つその圧倒的な「軽やかさ」は、浅草の下町で泥臭く造形と向き合うストイックさと、奇妙に同居している。

ゾンビや傷メイクという既成の檻を壊し、誰も見たことのない美しさを生み出すために、彼は一度仕事がゼロになるリスクすら受け入れた。

東京という街で、好き勝手に輝く異ジャンルの表現者たちと共鳴し合い、彼は「個のハッピー」から「仲間たちとの挑戦」へとその翼を広げている。

特殊メイクは、あったら素敵だなと思える表現の一つ。だからこそ、妄想や考えているものが形になった時、世界が最高にワクワクする。

自分がワクワクすることだけに素直に、彼はこれからも東京のアトリエから、まだ誰も見たことのない驚きを世界に仕掛け続けていく。

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