
加速する街東京で、消えない「個」を追う連載企画 「Why are you in Tokyo?」
刺激とスピードに満ちた街、東京。絶え間ない変化の中で、人々は自分を磨き、強く、美しく振る舞う。
けれどその内側には、外からは見えない葛藤や悩み、不格好でリアルな感情、そして純粋な想いが隠れている。
表現者たちは、なぜ東京を選び、ここで活動を続けるのか。会話を通して、都心で生きる若者たちの飾らない素顔を切り取る。
今回登場するのはアーティストのlilbesh ramko。
2020年ごろからSound Cloudを中心に活動を開始。ハイパーポップやデジコアから影響を受けた、あえてサウンドを歪ませるようなスタイルが特徴。激しめのトラックに対し、内省を映し出すような歌詞は共感を生み、同世代を中心に支持を受けている。
自身のスタイルをRam coreとし、今年はPOP YOURSや森道への出場も果たした。
様々なシーンが絶えず生まれ続け、ジャンルに関しての「東京らしさがない」という話す彼に、東京との距離感を聞いた。

ーー現在の活動について教えてください。
lilbesh ramkoです。
普段は曲を作ってるんですけど、ちょっと変な感じの曲を作ってたりしてます。パーティーではDJをすることもあるし、自分のジャケ写とかTシャツのデザインも全部自分でやっていて。
グラフィックを作るのは、趣味として好きなものを形にしてるって感じですね。
ーー音楽の制作はどういう風にされているのですか?
僕はあまり考えて作るのが得意じゃなくて。
その時に感じたことや、ふと思い出す景色をもとに、その情景や気持ちに合う音楽を自然と作っている感覚なんです。なので、住んでいる場所が変わったら作る音楽も変わりそうな気がしますね。
だけど、そういう自分の気持ちが表に出てくる状態を保つのが意外と難しくて。だからこそ、制作のためにもいつでも素直であり続けることを、生き方としてちょっと意識しています。
ーー制作において行き詰まることってあったりしますか?
やっぱり自分の気持ちに素直になれない瞬間は、うまく出てこないことが多いですね。鈍っている瞬間というか。
その原因って様々なんですけど、僕の最近の場合だと生活習慣に左右されるなっていうのが多いです。だから、規則正しい生活を送ったらいい曲も作れるような気がしています。
ーーライブと取材で今話している雰囲気にすごくギャップがありますね
そうですね、よく言われます。僕の中でライブは「発散」の場なので。
僕は人と会うのがすごい好きだし、お酒を飲んで喋るのも好き。そういうテンションが上がる場面では、自然とあのスイッチが入っちゃうんだと思います。
逆にこういう取材とか、普段の生活の時は結構ゆっくりめというか、意外ともっちゃりした感じですね(笑)。

ーー東京が地元だと思うんですが、ramkoさんからみた東京はどんな場所ですか?
もともと自分が育った街っていう認識はずっとあるんですけど、大人になるにつれて遊べる場所が増えて、自分のテリトリーみたいなものが広がっていった時に、「東京って、東京らしいものがないな」って気づいたんです。
でも、それってすごく面白いものだなって思ったんです。東京って海外も含めて色々な場所から人や物、カルチャーが集まって、集合体になった街だからこそだと思うんですよね。
音楽的な面でも、どんどん新しい人が出てきて、新しいカルチャーが生まれているので、競争率みたいなのが激しくて。それも東京のリアルで面白い部分だなと実感しています。
ーー表現に対して誰でもフラットに始められるところが東京の良いところですよね。
そうですね、僕の周りも割と表現の道に進んだ子が多いんですけど、だからというか誰もが表現をしていいというか、覚悟を持たずにちょっと遊びでノリで始められるみたいな。
やっぱ地方だと覚悟を持って東京に行ったりっていうのがあるじゃないですか。そういうのがなく、さっと始められるのは逆に東京のらしさかもしれないです。

ーー現在の活動はアーティストになると思うんですけど、小さい頃から表現することが好きだったんですか?
小さい頃は、結構ゲームが好きだったので、友達とよくゲームの話をしてたり、あとは好きなキャラクターの絵を自由帳に描くとかいう感じでしたね。
でも、性格は結構人の目を気にする子供でした。うちの親が割とファッションとか音楽とか好きな家庭で育ったので、なんとなく他の家と違うっていうのが分かって。今となってはすごい嬉しいことなんですけど、当時は他の人と違うっていうところが恥ずかしくて。
普通になるように、普通になるようにって思いながら生活してました。
ーー大学にも行かれていたと思うんですが、イメージと違ったとか。
そうですね。ウシジマくんに憧れて金融系の学部に進んだんですけど、自分がイメージしてたのと全然違くて(笑)。僕が学びたかったのは、ウシジマくんの「金融抜き」の泥臭い部分だったんだなって後から思いました。
周りは公認会計士とかファイナンシャルプランナーを目指すような人ばかりで。そういうのもあって全然馴染めなくて、大学には友達が1人もいなかったです。
ーーそんな大学時代(コロナ禍)に、今一緒に活動しているようなインターネットのコミュニティと出会っていったのですね。
そうですね。出会いはインターネットが主で、「この人の曲かっこいい、フォローしよう」「フォロー返ってきた」っていうコミュニケーションから始まっていきました。
当時はコロナで外に遊びに行けなかったから、ネットで2年くらいずっと仲良かった人と、コロナが終わり始めて初めてリアルで会う、みたいなのがほとんどで。
でも、ずっとネットで繋がっていたから、会ってから仲良くなるまでは一瞬でしたね。東京だからすぐに会いやすいみたいなのもよかったです。
ーー東京カルチャーシーンって横の繋がりが強くて、ちょっと入りにくい雰囲気があると思うんですけど、実際はどうですか?
確かに最初は入りにくそうだなと思うかもしれないです。でも、僕そこまで深く他人に興味がなくて(笑)。いい感じの距離感を掴めれば、東京ってすごく暮らしやすい街だなと思います。
深入りしすぎると大変そうだけど、適度な距離を保てる。この距離感を掴むのが、地方から上京してきた人には難しいらしいって話を前に聞いて、「そうなんだ」って思ったんですけど、僕みたいなタイプには、お互いを干渉しないこの距離感が一番いいのかなって思ってます。

ーーそんな東京の適度な距離感が心地いい一方で、地元の友達はどんな存在ですか?
僕、友達は多いって言えるほど多くなくて、「深く狭く」って感じなんです。少数の本当に仲良い地元の友達と今までも遊んできました。
その地元の仲良い2人が、今は一人が新築の壁に絵を描くペイントの仕事をしていて、もう一人がタトゥーアーティストなんです。
みんながそれぞれ自分の表現の道に進んで活動している。それが僕にとってはすごく心強いし、「自分も頑張ろう」って思える一番素のままでいられる居場所ですね。
ーーそれぞれの方法で表現を続ける親友たちとは、今後一緒に何かやる予定はありますか?
本当に嬉しいことですよね。だから今年はその地元の親友2人と一緒に、なんか新しいことをやってみようって話をしてるんです。
今まではインターネットで知り合った仲間と音楽で繋がって、そこから世界が広がっていった部分が大きかったんですけど、今度は自分が育ってきた東京のローカルな友達と、新しいものを作っていくこともすごく楽しみです。

周りの目を気にして、「普通」になろうとしていた少年が、今や人前で感情を発散するアーティストになった。
「誰もが当たり前に表現をしていい」。東京という街が持つそのフラットな空気と、何者をも拒まない適度な距離感が、彼の背中を静かに後押ししたのだろう。
インターネットの繋がりから始まった彼のキャリアは、今や東京のリアルなカルチャーの最前線にある。
等身大の「もっちゃり」した日常から溢れ出る彼だけのスタイルは、これからも変わらず、同世代の心を強く揺さぶっていくはずだ。
今回彼が着用したのは韓国ブランドのHaisan
シグネチャーアイテムであるリュックを軸に、ヘルシーでアウトドアな雰囲気のアイテムを展開。
韓国内問わず今最も注目すべき人気ブランド。
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