先日、BTSのシングル曲「Dynamite」が第63回グラミー賞の「最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞」にノミネートされた。所謂白人音楽主体のステレオタイプに対し、人種を超えたフラットかつ正当な評価を求める声が大きくなる中、本ノミネートはエンターテインメントの正当なダイバーシティー化と共に“アジア人”へのステレオタイプを覆す変革とも言えるだろう。
アメリカの事情や表面化されないカルチャーを評す、竹田ダニエル氏にインタビューを実施した。竹田氏が常に掲げる“Z世代”の根源と共に、昨今におけるアジア系アーティストの勃興のリアルを前編と後編に分けて追求していく。

前編はこちらから

ーー竹田さんはアジア系アメリカ人として、そしてZ世代としてのトピックをご自身でも掲げられていらっしゃいますが、竹田さんから見た2つの関連性もお伺いしたいです。

Z世代の何が特殊かというと、生まれた時からインターネットにアクセスできる環境があったから、今いる世界が全てじゃないって知ってる。多様な価値観や社会問題をリアルに見ることができて、自分の世代が具体的などういったアクションを起こしているかを知ることができる。大人たちが残してきた社会問題を解決しようという責任感を持っているし、学び続けることがカッコいいことなんだと自負するようになった。それと同じように、アジア系の人たちも、今まででは偏見や差別の強い社会の中で生きるしかないと諦める人が多かったけど、今の世代はアジア系のイケてるアーティストや著名人たちが沢山いるから、「自分たちだって自由になっていい、自分たちだって枠にはまらずたくさんの可能性がある」と感じている。音楽に関しても個性的であればあるほど価値が高まったり、ユニークな視点が求められている今、Z世代もアジア系アーティストの子たちもこれから必要とされるという点で共通しているんじゃないかと思います。

ーー音楽の聴き方に関しても、リスナーそれぞれのアイデンティティーや意識の在り方で変化するのでしょうか?

そうですね。例えばアメリカは自己表現の延長線上で音楽を聴く人が人種問わず多いし、自分で音楽を選択できる時代だからこそ、さらにその傾向が強まっているように思います。最近はプレイリストのカバーにイラストを描いて貼ったりできるようになって、昔のミックステープみたいになっているんですけど、そういったように自己表現の一つとして好きなアーティストを揃えている感じですね。

ーーなるほど。アイデンティティと、アーティストや音楽といった外部的なものとの距離が密接なのですね。政治や社会問題に対して主観的である理由もそこに繋がると。

外の人にどう思われるかという以前に、「自分がどういう人間として生きたいのか」ということが突き詰められていないんだと思います。メディアの媒体がテレビ・ラジオ・雑誌くらいしかなかった時代は、“イケてる”とされているセレブや有名人が限られていたけど、今は中身も含めて“イケてる”という定義が多様化したことで、みんな同じがいいという概念がなくなってきていますよね。だからこそ主張が無いとダメとまでは言わないけど、あった方がいい。音楽も政治もメッセージ性だったり、自分は何を主張したいかを声に出して言う必要があると思います。

ーーそれこそBTSもサウジアラビア初の海外公演を開催して、その中で「Love yourself」というメッセージを発信したことで、現地の女性たちの価値観を変えつつあるという話もありましたよね。

それでいうと、これまでK-POPはメッセージ性や個性の有無という点でアメリカの音楽と親和性が低かったんです。日本のアイドルがアメリカで受けない理由も同じで、疑似恋愛のためにアイドルを搾取してるんじゃないのか、それは倫理的にどうなのかとか。アメリカがパワハラやセクハラに対して厳しい国だからこそ、メンバーは過酷な練習をさせられているんでしょ?とか、ネガティブな印象が強かったです。その壁を超えるきっかけになったのが、メンタルヘルスや「偏見に縛られないこと」、そして何よりも「自分を愛すること」を伝え続けるのがBTSでした。

 

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ーーなるほど。BTSがネガティブな印象を変えたきっかけとは?

やっぱりBTSはメンバーのひとりひとりがリアルですよね。アメリカの番組に出るときもキメ顔でお行儀良くしているんじゃなくて、自然体でいつも通りふざけていたり、ファン(ARMY)とも疑似恋愛の形じゃなくて仲間や家族のように対等に接していて、トップアーティストになっても謙虚さは健在で、おごり高ぶっている感じがない。韓国の抑圧的な教育精度に対する異議を唱えたり、保守的な「大人たちのいうことを聞かなくても、自分たちがやりたいことを見つけられたらそれで幸せだよね」とか、今までの「幸せ」や「かっこいい」の定義を変えてくれるような曲を作っている。だから、色んな葛藤を抱えている人々の救いになっているんだと思います。「背中を押してくれる」というよりも、「自分たちを理解してくれる人がいるんだ」って思えるような言葉が、ファン自身によって深掘りされて、パーソナルなものになっていくことで信頼関係が築かれていることも大きいです。

ーーその信頼関係により、ファンとアーティストの相互的な熱量も上がっていくと。

彼らが愛されている一番の理由は“Love yourself”をスローガンに掲げて、ファンに「幸せを与える」のではなく、「幸せを見つける手段」を与えたから。だからファンもメンバーに幸せになってほしいという精神で応援しているんだと思います。本来だったらすでに世界的なポップスターになっているはずの彼らが、アジア人やK-POPに対する偏見や業界の差別的な構造によって正当に評価されていないことも、残念ながら事実です。ラジオ番組の司会者が酷くレイシストな発言をしたり、ニュースやインタビューでも彼らを見下すような発言がなされていたりとか、応援しているファン自身が侮辱されたからというより、「真剣に音楽をやっている彼らがなぜバカにされなきゃいけないんだ」という悔しさから、自分たちが声を上げていかなきゃいけないと思っているんです。だから、ちょっとでもレイシストな発言があったり、K-POPカルチャーに敬意を払っていない記事に対しては必ずフィードバックや指摘がある。常に正当な待遇を求める声が集まり続けている状態です。BTSの活躍とファンの現実と向き合った上で行っている活動は、より大きな社会の枠組みを考えても非常に意義のあることだと思います。

ーーファンとアーティストとの関係性が健康的ですよね。

本当にそう思います。インタビューでも常にBTSはファンとの良い関係性について話していますが、そもそもアーティストを自己投影や理想の偶像ではなく、「人間として見る」と言うアメリカ的な風潮が良い影響を起こしていると感じます。例えばアメリカだとアーティストやセレブに痩せてなきゃいけないとか、常に完璧じゃないといけないという幻想を求めることがいかに不健康で、害になるものかっていうのがかなり議論されていて、社会全体としてルッキズムやステレオタイプ、ボディイメージなどについての知識が浸透していますが、日本は最近になってようやくメンタルヘルスの重要性が紹介され始めたくらいかなという印象があります。アーティストとメンタルヘルスの関係性やファンとの関係性などは、これから日本でも重要視されるようになってくると予想しています。

ーーリスナーの現場でも多様性や柔軟性が広がってきているのでしょうか。

例えば、アメリカの一部地域ではレイヴと呼ばれる音楽イベントやパーティがフェスに発展していて、週末はみんなレイヴに行って、大学や会社の友達以外にもネットで繋がった人たちと“レイヴファミリー”と呼ばれるコミュニティを作っています。そういう場所にはドラッグを使う時に必ず見守ってみんなの健康チェックをする役割の人がいたりする。もはやそれが自分のアイデンティティになっているようなアジア系アメリカ人の一世代が特に都市部では多く、音楽を通してフェスやイベントに参加することで仲間を増やしていく。やっぱり何かしら共感できるものや繋がりを探している人が多いのかなって思います。

ーーこれまで以上にアジアの音楽が欧米でも受け入れられるためには、何が必要だと思いますか?

やはりクオリティの高さは誤魔化すことができません。リスナーの耳は肥えてきているので、サウンドのクオリティを担保するエンジニアやトラックを作る人だったり、裏方にいる人たちに対する待遇や彼らをどう扱うかも今後問われてくるんじゃないでしょうか。決して、先進的なことを書かなきゃいけないというわけでは無いのですが。それでいうと、映画『クレイジー・リッチ』もアジア人からすれば同じ人種の人が活躍しているのは喜ばしいことだったけど、ここで満足したらいけないよねという声が上がっていますし、それは良いことだと思います。アジア人特有の経験ばかりを扱った作品ではなく、もっと普遍的な話として語るというのが次のチャレンジですね。『パラサイト』があれだけ評価されたのは、作品としてのクオリティの高さがあったからこそだと思いますし。

ーーエンターテインメントの軸で言うと、アカデミー賞がアジア人枠を設けたトピックも賛否両論ありますよね。

今までの基準は人種差別や排他的な習慣の上で作られているので、その古い価値観では多様化するエンタメ市場を正当に評価できないから、新たに枠を設けるべきだという問題定義からきています。例えば理系の大学に女性が少ないから、3割以上は女性の入学者を受け入れるというアファーマティブアクションの話も同じで、そもそも男性社会の中で「女性は理系ができない」という偏見が子供の頃から植えつけられていたから、理系を目指す女性が少なかったわけで。積極的に機会を設けることを進んでしないと、抑圧的な社会の中ではロールモデルになるような人も出て来にくい。アメリカで言えばアジア人は影響力的にもマイノリティじゃなくなってきているのに、ハリウッドで活躍できる環境が整っていなかったり、根深い偏見や差別などで授賞式でも不利だったりする。人間が受賞対象を選んでいる以上、潜在的なバイアスがあるので、それを克服するために強制的に枠を設けるというのは大事な一歩だと思います。

ーー評価する側の受け入れ態勢も整った上で、クオリティの高い成果物を提案していくと。以前竹田さんも言及されていましたが、ステージに立つ人間だけでなく、裏方の方々への配慮も忘れてはいけないですよね。

そうですね。メッセージだけでなく、ちゃんと「かっこいい」と胸を張れるものを作れる人たちの需要が高まりつつある。そういう人たちが活躍することを願っていますし、大衆的なポップ・ミュージックがすべてに訴求するわけじゃないと思っています。持続可能性という意味では、裏方を含めたアーティストのメンタルヘルスや、その人たちがどういう音楽を作りたいかというモチベーションの部分がキャリアの持続可能性に強く関わるので、問われてくるのではないかと思います。

ーー確かに、多数派に合わせることが、演者や裏方の搾取に繋がってはいけないと思います。そういた意味でも制作側の倫理観が問われてくると。

制作側の人たちこそ主役と言っても過言ではないような状況になってきています。プレイリストを見ても、プロデューサーなのかシンガーなのかバンドなのか、活動形態に関わらず一緒にされることが多いので、そうやってフラットに並んだ時に曲を聴かれて何を感じさせられるか、そしてその先でどう聴かれ続けるようになるかまでを考える必要があります。。エレクトポップ界隈だと、SG Lewis、HONNE、Madeonなど、R&B界隈ではBrasstracksやKenny Beatsなどが注目されていますが、そのようにスタープロデューサーと呼ばれる人たちに続く存在が正当に評価されて、持続的な活動ができるような風潮になればいいと思います。

Interview&Text:Ayaka Yoshimura

【竹田ダニエル】

カリフォルニア出身。大手レーベルのビジネスコンサルタントやテック系スタートアップを経てフリーランス音楽エージェントとして活動し、日本とアメリカのアーティストPRやマネジメント・音楽メディアライター・SNSコンサルタント・AWA公式キュレーター・日英通訳と翻訳などを担当している。インディペンデント音楽シーンで活躍する数多くのアーティストと携わり、「good music from Japanを世界に、世界のgood musicをJapanに」をスローガンに、国際的なバックグラウンドを活かしながら新時代における音楽活動のあり方を先導している。2020年からはプロデューサー/DJのstarRoらと共にインディペンデント音楽コミュニティー「SustAim」を立ち上げ、「音楽と社会」を結びつける社会活動も積極的に行っている。

Twitter:https://twitter.com/daniel_takedaa
note:https://note.com/daniel_takeda