
加速する街東京で、消えない「個」を追う連載企画 「Why are you in Tokyo?」
刺激とスピードに満ちた街、東京。 絶え間ない変化の中で、人々は自分を磨き、強く、美しく振る舞う。
けれどその内側には、外からは見えない葛藤や悩みがある。不格好でリアルな感情、そして純粋な想い。
表現者たちは、なぜ東京を選び、ここで活動を続けるのか。会話を通して、都心で生きる若者たちの飾らない素顔を切り取る。
今回登場するのは、アーティストの SO-SO。
世界大会での活躍を機に、ビートボックス、楽曲プロデュース、DJなど、枠に囚われないマルチな表現で世界を揺らし続けている。
赤・青・黄・緑の4色を纏ったアイコニックなビジュアルの裏側にあるのは、過酷な音大時代に叩き込まれたクリエイターとしての泥臭い記憶。
上京後、外野からの「枠の押し付け」に悩みながらも、東京というカオスな多様性の街で自分のスタイルを貫き続ける彼の、飾らない現在地に迫る。

ーー現在の活動について教えてください。
東京で、ビートボックスと、音楽制作と、あとDJをやってます。
たまに絵も描くし、自分のミュージックビデオでダンスもしたり、まあなんか色々、自分が表現できることは全部やっている感じですね。
高校生からキャリアをスタートさせて、今年で11年目になります。
結構その、僕が初めて世界大会に出たのが2019年、当時19歳だったんですけど、そこから結構人生が変わって。
「あ、俺ビートボックスで食っていけるかも」みたいな。
その前まではもう、言ったら趣味というか、特技くらいの感じで思ってたんですけど、19歳から徐々にこれで仕事をするのかな、という風に思い始めて。
そこからオリジナル曲を作ってリリースしたり、ライブをしたりして、徐々に音楽の人生が始まっていきました。
―― 今年のワンマンライブの成功や、山手線をテーマにした壮大なアルバムも大きな挑戦でしたね。
去年は山手線がテーマのアルバムをリリースしたんですけど、30曲あるんですよ。
僕、アーティストのライブで、ただ曲を順番にやるっていう形式に若干物足りなさを感じていて。
もっと上に行きたいっていう気持ちがあったので、今回はすごいコンセプトをガチガチに固めて、世界観を守りながら自分の曲を落とし込んでいくっていうことに、すごい意識を置いて作りました。
衣装も前半は車掌さんで、後半戦で自分のデザインした服になる、みたいな演出をしたりして。
僕の今の音楽って、ゴリゴリの激しい音ばかり出しているように見えると思うんですけど、実は僕の音楽のルーツってミュージカル(『ライオンキング』や『アラジン』など)にあるんですよ。
ずっとダンスをやっていたのもあって、踊れる音楽がすごい好きだし、ベースにあるのはグルーヴ感なんです。
とりあえず「踊れる音楽が好き」っていうのが自分の中でデカいですね。

―― 上京のきっかけは何だったのでしょう?
僕、音楽大学に通ってたんです。
音大でたくさん音楽のことを勉強できたんですけど、僕はもっとアーティストとして仕事していきたいと思って。
僕は「音楽を聴く場所」として、クラブがめっちゃ好きだったんです。
東京に好きなアーティストが初来日したときとかも、学生の頃はわざわざ夜行バスで大阪から見に行ったりしていて。
やっぱり「音楽をやるなら東京だよな」っていう、まあ結構ふわっとしてるんですけど、それくらいの理由で上京してきました。
―― 実際に東京に住んでみて、街の印象はどう変わりましたか?
上京してから、低音がしっかり出せる防音の物件に引っ越して、でかいウーファー(低音専用のスピーカー)を置いたりと、ちゃんと環境を東京で整えました。
ラッパーの友達がふらっと遊びに来たらすぐレコーディングできたり、そういうスピード感もあって。
やっぱり音楽をやっている人は、日本人に限らず東京に集まるなと思いますね。
海外のDJたちも、みんな口を揃えて「東京が日本で一番音楽のバイブスがやばい」「東京のクラブがやばい」って言っていて。
だからそれぐらい、特別な街なんだなっていう風に、住んでからより実感しました。
あとは、東京って狭いのにエリアごとにめっちゃ色が変わるのが面白いですよね。
渋谷区の中だけでも、表参道、道玄坂、原宿で全然違う。
クラブも新宿と渋谷で全然違うし、ファッションも下北沢と青山と銀座じゃ歩いてる人も店の雰囲気も全然違う。
多様性がやばいし、ブロックごとの個性がめっちゃあるなと感じています。

―― 今のマルチなスタイルや引き出しの多さは、大阪の音大時代の過酷な経験がベースにあるそうですね。
そうですね。音大のDTM(デスクトップミュージック)コースにいたんですけど、1、2年生の授業が本当に過酷で。
毎週1曲、必ず違うジャンルの歌ものを作って、自分で歌詞も作って歌ってデモを出さなきゃいけないんです。
今週はヒップホップ、来週は童謡、その次はフラメンコ、演歌、ジャズ、メタル、ニューエイジ……。
当然知らないジャンルもあるから「なんやねんそれ」ってなりながら、毎週水曜の夜にみんなでグループ通話してヒーヒー言いながら木曜の提出に滑り込ませる、みたいな(笑)。
あの2年間でありとあらゆるジャンルを強制的に作りまくった泥臭い経験があったからこそ、今の僕の「何でも作れる」というベースが出来上がりました。
―― 自分のスタイルを確立して東京へ来てからも、外からは見えないリアルな葛藤があったとか。
東京に来てから、いろんなジャンルの人と繋がれてフッ軽に活動できている一方で、頑張りすぎるとちょっと危ないかもなって思う時期がありました。
一時期、「お前はビートボックスだけやってればいいんだよ」っていうコメントがSNSとかでちょこちょこ来るようになって。
僕はDJも好きだし、色々やりたい。なのに周りから勝手に枠を押し付けられるのが、正直ちょっと辛かったし、どう音楽と接したらいいか分からない時期もありました。
―― その葛藤を、東京という街の中でどう乗り越えていったのでしょうか。
僕はアルバイトとかは不器用でできないし、音楽しか道が残されていない人生だからこそ、嫌いになったら終わりなんですよね。
だから最近は、「ちゃんと休む」とか「義務にしない」っていう切り替えをすごく大事にしています。
押し付けられる場所から程よく離れると、やっぱり好きでい続けられる。
この街の目まぐるしい刺激や外の声と、無理せず上手く付き合えるようになってからは、また自分の「好き」に対して素直に向き合えるようになりました。

―― 葛藤を乗り越えた今、東京でのコミュニティやご自身の「居場所」についてはどう感じていますか?
東京って人が多い大都会ですけど、こういうカルチャーの人たちって、この大人数に比べたら実はほんの一握りしかいなくて。
広い世界に見えるけど意外と小さくて、一人知り合いが増えると、その共通の知り合いが自分の友達とすでに仲良い、みたいなことが毎週あります。
東京に来てから、知り合いの絵の個展に行ったり、ボディビルの大会に応援に行ったり、シーシャに行ってみたり。
ジャンルを越えたコミュニティ同士がすごく滑らかに繋がっているから、違う世界にすごく飛び込みやすいし、とにかく「フッ軽」になりました。
みんなここに集まって、カオスに交ざり合っているんだなって。
―― 音楽だけでなく、ファッションやアート、色んなジャンルが境界線なく混ざり合っている環境だからこそ、自分のやりたい表現にも素直にいられますよね。
そうですね。僕のファッションは、赤、青、黄、緑の4色をベースにしているんですけど、これは「人と違う服が着たい」「かっこよく目立ちたい」っていう自分のスタイルを、キャラクターとしてブランディングに落とし込んだ結果なんです。
東京って、そういう変なスタイルで街を歩いていても、みんながそれぞれの多様性として当たり前に受け入れてくれる。
今の時代、J-POPでもなんでも「これが流行り」っていう絶対的なトレンド(正解)がなくなって、多様性が広がりすぎているなと感じます。
だからこそ、特定のシーンや周りの目を気にせず、自分の好きなことを全力でやる。それが一番自然にできるのが、今の東京なんだと思います。

毎週、あらゆる音楽ジャンルを叩き込まれた過酷な音大時代。
そして、上京後に直面した「お前はビートボックスだけやっていろ」という外野からの見えない檻。
SO-SOが潜り抜けてきたそれらの葛藤は、エリアごとに全く違う顔を持つ「東京」という多様性の街の構造と、今、美しく共鳴している。
トレンドという正解が消え失せた現代のタイムラインで、彼は赤、青、黄、緑の4色を誇らしげに掲げ、「好きなことを全力でやるのが一番いい」とまっすぐに言い切る。
東京という巨大なバイブスを吸い込み、不器用なまでに己の「好き」に素直であり続ける彼の音は、これからもこの街の境界線を鮮やかに塗り替え、私たちをまだ見ぬ世界へと踊らせ続けるはずだ。
今回彼が着用したのは韓国ブランドのthewarld
遊び心のあるデザインを軸に、スポーティーな異素材をミックスさせたアイテムなど幅広く展開している
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