1985年にポール・ドルレス (Paul Droulers) とソフィー・レニエ(Sophie Renier)によって創始されたフランスのバッグブランド Jack Gomme(ジャックゴム)。その軽く使い心地のよい素材やフォームと独特の風味ある色合いから、今では世界中で人気となった。そして日本では特に目覚ましい成功を遂げている。2019年6月中旬、ちょうど日本へ1週間滞在して来たばかりの二人にパリのアトリエにて話を聞くことができた。
–まずは多くのオブジェのなかでも「バッグ」というもののデザインを仕事に選んだ理由を教えてください。
ソフィー(以下S):「バッグ」を選んだ理由は偶然とも言えるわ。私たちは常にアートや建築、デザインを愛しているけれど、学業としては私は造形美術を、ポールはファッションデザインを勉強して、「バッグ」というものはちょうどその二つをうまくつなぎ合わせることができるものだったの。バッグにはボリュームがあって、身につける体がなければ「形」を持つことのできない洋服と比べて一つのオブジェとして独立している。素材にも肌に触れる服に比べてずっと選択の幅があって、よりアートとして自由にデザインすることができるから。
ポール(以下P):僕たちが自由にクリエイティビティを発揮できるのがバッグだったんだ。
–二人の役割としては、ソフィーがカラーやデザインを決め、ポールがデッサンを描き実際に型作りしているとある記事で読んだのですが、その通りでしょうか。
S : うーん、そこまではっきりと二人の役割は分かれてはいないわね。確かにすべてのバッグの形を考察して実現するのはポールで、どちらかといえば私がカラーのアイディアを出すことが多いけれど、素材の開発はいつも二人で一緒にしているし、デザインにおいてほぼすべての段階で協力しているから「ソフィーモデル」や「ポールモデル」といったものも存在しないわ。
P:どのバッグにも二人の考えが混ざっているよ。
S : デザイン以外においては、チームやフランス及び世界のクライアントとの関係をマネージメントするのは私の役割となっているわ。
–旅から多くのインスピレーションを得ているとウェブサイトでも語っていらっしゃいますが、やはりデザインのインスピレーションは旅行中に得られることが多いのですか。何か例などあればぜひ聞かせてください。
P:Jack Gommeを特徴づけることのひとつは、インスピレーションの源はあらゆるところにあるということ。旅行はもちろんそうだし、日常でふと聞いた音楽、古き良き友人、一瞬すれ違った誰かでさえもね。そんな様々な要素が私たちに常に影響を与え続けているよ。つい最近は日本を含めてアジアをたくさん旅行したから、例えば先週は富士山も見たし、それらのイメージは間違いなく次のコレクションに現れてくると思うよ。
S : 私はコンテンポラリーアートなどの展覧会にもよく行くので、彫刻などボリュームのある作品からバッグの形へのインスピレーションを得ることがよくあるわ。
P:そうだ。例えばこれなんかは(以下写真上のバッグを持ち出しながら)船に乗っているときに(ポールは趣味で船を操縦している)海面に日の光が反射するのを目にしたときの思い出がそのまま表現されたカラーだね。まさに単純でわかりやすい例をあげるとするなら(笑)。
–では、ここからは「日本」について伺っていきたいと思います。日本での成功は予想外のことでしたか。それともどこか期待は感じていたのでしょうか。
S:まったく意外なことだったわ。
P:そのうえ、創始後すぐに起きたことだったんだ。80年代後半に。
S:私たちはまだとても若く、まだマーケティング戦略なんて考えたことがなかったけれど、そのとき既に彼らは私たちを見つけてくれた。
P:そして、また素晴らしいことに彼らは今でも居続けていてくれる。私たちにとっても、日本にとってもその後経済的に難しい時期が続いたけれど、それを乗り越え今でも私たちと共に働いている日本のカンパニーとはその頃出会った人達のことなんだ。互いに忠誠心が生まれてかけがえのない関係だよ。
–逆に日本での成功がその後のクリエーションに影響することもありましたか。
P:もちろん。日本は大きなインスピレーションを与えてくれたよ。
S:彼らのミニマリズムな嗜好と洗練されたスタイルが大好き。素材に対する感性やデザインのセンス、オリジナルでありつつ日常に適応したクリエーションなどが。
–日本を特徴づけるような、他の国では見られない反応などはありましたか。
P:そうだね。やはり日本はテキスタイルが発展した国だからね。もちろん着物もそうだろうけど。彼らにとって布の文化はとても大切なもの。だからこそ、僕らが創始以来メイド・イン・フランスにこだわりながら発展させてきたテキスタイルの技術や、実現されたものの価値もよりよく理解してくれていると思うよ。
S:そして、こちらでは革新的すぎると見做されるものでもすんなり受け入れてくれる。ヨーロッパの国々では皮のデザインが発達しているけれど、日本ではそれがまさにテキスタイルにあたって。だから彼らも私たちの素材に対するこだわり方に共通する何かを持っていると感じるわ。
P:そうなんだ。だからこそ日本では僕らが素材作りに込めるすべての思いがしっかりと受け止められている気がするよ。
–日本には何度も行かれたそうですが、日本人の服の着こなし方を見てどう思われましたか。
P:大好きだよ!
S:そうね。基本的にはベーシック。もちろん一方で奇抜なファッションも存在しているけれど、多くはベーシックなアイテムを身につけていながら。それらをどのように組み合わせるかというセンスが本当に素敵。例えばマリンボーダーTシャツとカモフラージュ柄を一緒に着たり、長いブラウスと短いパンツを組み合わせたり。原則をを打ち砕く独自のスタイルでなおかつハーモニーのとれたまとめ方ができる。
P:ヨーロッパで一般的に「センスがいい」と言ったら、未だにアイテムが元来持つ性質をそのまま活かした着こなしのことになるんだ。マリンだったらすべてマリンスタイルでまとめてみたり、タータンチェックはタータンとしてどれだけうまく着こなせているかって風にね。少し残念な話。でも日本は違う。
S:私たちも日本人と似ていて原則から外れたことが好きなの。例えばタータンチェックを使ったトートバッグを作ったことがあるわ。毛糸と麻を組み合わせて。
P:好奇心に溢れた日本に向けて、僕たちは思う存分自由にデザインすることができる。そんな風にJack Gommeと日本はうまく繋がっているんだ。
–ではここでパリに話を戻したいと思います。もうパリは長いんですよね。パリ、そしてこの地区(パリ北東部に位置する19区)とJack Gommeのつながりについて伺いたいのですが。
S:そうね、ニースでの学業を終えて、Jack Gommeを立ち上げてからすぐにパリに上京して、それ以来ずっとパリ北東部に住んでいるわ。
P:やっぱりこの「村」っぽい感じが合っているね。
–確かに、大通りを除いてはビュット・ショーモン公園(Parc des Buttes-Chaumont)や周りの小道など田舎のような穏やかな雰囲気ですよね。
P:もう25年も19区のヴィレット通りに住んでいるんだ。そんなに長く住んでいると本当にこの界隈が小さな村みたいに思えてくるんだ。
S:アート職人にとって住みやすいところ。そして、多様な人種が集まったコスモポリタンなところも私たちに合っているわ。世界の文化に触れられるようなお店もたくさんあって。
P:パリの下町だね。
S:たとえ今は多少ボボ化(Bobo:Bourgeois-Bohemian ブルジョワ・ボヘミアンの略語)してしまったとしてもね。
–また、この界隈には長年のJack Gommeファンも多く、アトリエの近くでは本当にJack Gommeのバッグを持つ人ばかり見かけて驚きます。
S:そうね。なかにはJack Gommeのバッグはこの界隈でしか売られていないと思っている人もいるみたいなの。実際、私たちは日本やNYのクライアントと仕事をしているのだけれどね。ある種の一体感のようなものが生まれているのかも。例えば、この界隈の電車の中や道端でJack Gommeのバッグを持つ者同士はすぐにそうだとわかる。
P:素材に特徴があるからわかり易いんだよね。それはNYやミラノ、東京でも同じだと思うよ。Jack Gomme愛用者同士はすぐに察知する(笑)。
–愛用者は世界中にいるということで、普段お仕事中も世界に向けて発信しているという気持ちを持っていらっしゃいますか。
S:えっ…そこまでは考えていないわ。
P:仕事中は作業に集中しているからね。でも常にできる限り「ユニバーサル」なものを作りたいと思っている。
- Jack Gomme ウインターコレクション 2018-19より © Jack Gomme Paris
- Jack Gomme サマーコレクション 2019より © Jack Gomme Paris
–確かにその「ユニバーサルさ」故にも、Jack Gommeのバッグは年代も国籍も越え愛されていると思います。それでも各モデルやシリーズの企画時に使用対象者のイメージを描くことはあるのでしょうか。
P:ないね。
S:でも用途については方向性があるわ。旅行用とかスポーツ用とか…Jack Gommeのデザインは全般的に街で使えるものね。
P:それは使用者が決めることだよ。僕たちはただひらめきを与えるきっかけでいたいんだ。それはとても楽しいこと。界隈でも観察できることだけれども、例えばこれ(二画像目上のピンクのバックを指しながら)。こんなキラキラのバッグを70歳くらいの女性が持っているかと思えば、同じものを18歳の女の子が使っている。そして全く同じバッグに見えない!それぞれが彼女らしく素敵に使っている。こんな喜びがあるからこそバッグ作りを続けているんだ。ただ売るためだったらこんなに長く続けていないよ。
S:オープンでいることが大事。そして「ファッション」にもなりすぎたくもない。誰にでも手の届く、第一に「使用」が目的であることからは遠ざかりたくない。
–そのオープンさによって、それぞれの愛用者のパーソナリティを浮かび上がるような気がします。
P:いいね、その考え。持つ人によって表情が変わる、一種の「カメレオン」なんだ。
–そのようなオープンさは先程日本に関しても触れた「ミニマリズム」に通じている気がします。メディアではよく Jack Gommeは「ミニマリズト」なブランドとして伝えられていますが、どう思われますか。
S:やはり私たちの素材へのこだわりの強さが関連していると思うわ。
P:意味のないものはすべて削ぎ取っている。必要のないものは決して加えず、できる限りシンプルであるように心がけているよ。
S:結果的に常に真髄へと向かっているんだと思う。そして機能性を決して忘れない。
P:そんなところが「ミニマリズム」へ繋がっているんだと思うよ。ただ今日はこの言葉は流行語になってしまっているからね。あらゆるところで聞くし、乱用されているような気もしてちょっとうんざりするよ(苦笑)。
S:それらの志向は値段に対する誠実さにも通じていて、ファッションブランドとして値段を吊り上げることにも私たちは興味がないから、クライアントの方たちは品質とコストのバランスが正しいとよく言ってくれるわ。
P:そんな面もきっと「ミニマリスト」と言われる理由のひとつだね。
–最後に、日本の若きクリエイターたちにメッセージをお願いできますか。ミレニアル世代のお子さんがいらっしゃると伺いましたが、同世代の若者を励ますような一言を頂ければ幸いです。
S:はい、27歳の娘と22歳の息子がいるわ。下の子はまだ学校でアートを勉強している。
P:そうだなあ…フレッシュなアイディアを持ち続けることが大事。自分は誰であるか、自分のクリエイティビティとは何かを知り、それを突き詰めていくこと。もちろん簡単なことではないけれど。特にファッション界なんかは今は厳しいからなあ。僕たちの時代は「売る」ということは簡単だったんだ。80年代は、何をやろうとしたってうまくいった。
S:ファッション界に入るということ自体が流行で、景気もすごくよかったし、すぐに買い手が見つかった時代。
–当時はスターを切るのは難しくなかったんですね。後で生き残るのは難しかったとしても。でも今は逆に最初のハードルが高いですよね。
P:今は本当に自分を貫いていかないと。
S:それから、子供たちを通して気付いたことなのだけれど、今の若者たちは仲間たちと繋がるのがとても得意。ソーシャルメディアのおかげね。
–ソーシャルメディアを使って場所や距離を問わず、自分と気の合う人達を察知するのが得意ですよね。
S:私たちの時代は,ブランド同士などでも、たとえ仲良くはしていても仕事はそれぞれが孤立して進めていた。でも今の若者たちはお互いの才能を引き出して補い合えるような関係をすぐに繋げる事ができて、素晴らしいと思うわ。そこからきっと大きく成長できると思う。
P:あとは何より「楽しむ」ことだね。
S:自信とクリエイティビティを保って楽しんでいくこと。
P:真面目に考えすぎてもいいことなんてないからね。
–ありがとうございました。Jack Gommeの今後のプロジェクトはとにかく「続けていく」ということでしょうか。
P:生きている限りはね(笑)。
S:まだまだやりたいプロジェクトがたくさんあるしね。
日本語サイト:@jackgomme_japan Jack Gomme 公式サイト
フランス語サイト:@jackgommeofficial Jack Gomme Paris