台湾のファッションブランド〈PLATEAU STUDIO〉の話をしよう。それにはまず僕の友達のジェリーについて書かなくてはいけないだろう。彼はブランドの創立者で、デザインとか広報とか営業とか、ほとんど一人でこなしている。カスタマー対応のメールを書いているのも彼。

ジェリーに出会ったのは、僕が台北に住み始めてからひと月ほど経ったある晩のことで、場所は西門町にあるHoliday KTVという名前のカラオケボックスだった。よく世話を焼いてくれていたビビという女の子に呼び出されて行った先であった。ジェスチャーとGoogle翻訳でやり過ごした夜に僕とジェリーは一息に距離を縮めて、その日の終わりに行き着いた深夜のコンビニの前で缶ビールを飲みながら「明日昼飯一緒に行こう」などと約束をしてから、毎日一緒に昼飯を食べた。けして大げさに言っているわけではなくて、本当に毎日。

当時、ジェリーはライフスタイル雑貨の商社でサラリーマンをしていたのだが、その会社が僕の家のわりかし近所にあったので、昼休憩の短い時間で会うことが出来たのだ。決まった食堂で麺線や排骨飯を食べたあとは、決まったコーヒー屋でアイスコーヒー(あっちでは冰美式=ビンメイスーといいます)をテイクアウトして、ぶらぶら歩いていろんな話をした。それは会社の愚痴から、好きな女の子のタイプの話、ちょっとロマンチックな話。ジェリーはロマンチックな話が好きである。例えば、死生観とか野望の話、愛についての話など。僕はそういうロマンチックな話は途中で小っ恥ずかしくなってしまうから、普段シラフのときはしないのだけれど、ジェリーはそういう話を堂々とした。僕はジェリーのそういうところをかっこいいな、と思っている。そんな彼に釣られてか、台湾にいるときの僕はよくロマンチックな話をしていたように思う。

お昼の休憩が終わって一度解散したあとも、夕方にまた遊びに出掛けて、朝までバーで話し込んだりした。あのときはお互い元気だった。若かったから、とかそれだけでもないと思う。あのとき僕らはかなり”暇”だった。あのときはその日その日をただただ生きているだけでよかった。まあ、単純にお互い新鮮ですごく楽しかったから、あんまり疲れを感じなかった。そんなふうな毎日を僕と過ごしていたジェリーはいつのまにかに日本語が喋れるようになった。今じゃ彼は日本語で丁寧なビジネスメールも打ち込める。

〈PLATEAU STUDIO〉は、ジェリーが大学を卒業したあとにサンというモデルと二人で、生まれたときから貯めていたお年玉を投じて立ち上げたブランドだった。

次回に続く

出会った日の翌日、愛車で迎えに来た

 

ジェリーが特製カクテルを作っていたときの写真。手伝わされているステファンと。

 

ジェリーの撮った私